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ストーリー:

STORY05 奇怪

荒くれ者の吹きだまり「闇に閉ざされた町」で、竜也は事件に遭遇し、拳銃で撃たれた。銃弾は竜也の心臓の横を掠め三日三晩、眠り続けた。竜也を助けてくれたのは、闇に閉ざされた町の入り口で出会ったミリという少女だった。竜也は治療してくれた町で唯一の医者ケイトから、町の実情と気配殺す少年ユーイチのことを知る。竜也とカメリアはたった一人で町の犠牲になろうとするユーイチを救うべく、軍の人間と対峙する。勝ち目のない戦いがはじまろうとしたとき、町の人たちが現れた。そして、軍の合図とともに始まろうとした戦いを制したのは、BLUE SKY最高機密部隊の男、闇に閉ざされた町の入り口で店を出していたロザンだった。竜也はロザンとケイト、そして町の人々に復興を委ね、ユーイチと共に町を出た。

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「よかったよなぁ、ユーイチがいて、って、なんでユーイチがいて道に迷うんだよ。今頃、温かい店の中で飯食ってるはずだったのに」

辺りを見回して嘆くカメリアに竜也は笑顔を向けた。

「そんなこともあるよ」

「ない、ない、ない! 絶対ない!! こんなことあっていいはずがない。よりによって、こんな場所に出るなんて、最悪だよ」

「まぁまぁ」

竜也は辺りをキョロキョロと見回すカメリアに思わず笑いをかみ殺した。闇に閉ざされた町を出たあと、竜也たちは小さな村にある宿屋に泊まった。翌朝早くに出発すれば王宮より一番近くに位置する港につく予定だった。だが、竜也たちはいつの間にか大きな教会の敷地へと迷い込んでいたのである。

辺りは昼だというのに薄暗い。

「まあまあ、で済む問題じゃないじゃいだろ。どうしてこんなことになるんだよ。今日中には港について、温かい場所で美味いもの食べていたはずなのに」

「仕方がないよ、昨日はユーイチのおかげでちゃんとしたところに泊れたんだし」

「それとこれとは話が別だよ。こんなことになったのも、みんなユーイチのせいだからな」

竜也がなだめようとしてもカメリアの愚痴は止まらなかった。

「少し黙っていられないのか」

黙って歩いていたユーイチが、たまらずに息を吐いた。

だが、カメリアはやめなかった。

「なんだよ、その言い方。ユーイチがいけないんじゃないか」

「まぁまぁ、カメリア、何もそこまで言わなくても、ユーイチだって好きで迷ったんじゃないんだし」

「そんなことわかっているよ。好きで迷ってたまるか」

竜也はいつになく突っかかるカメリアに首を傾げた。憎まれ口を叩くのはカメリアの1つの照れ隠しみたいなものだ。だが、今日はいつもと少し様子が違っている。竜也がカメリアに視線を向けたとき、頭上を数羽の烏が通り過ぎた。カメリアが小さく悲鳴を上げる。

「烏かよ、驚かすなよ。俺、こういうところ苦手なんだ」

「そういうことか。それでユーイチに当たっていたんだ。カメリア、案外、怖がりだったんだね」

竜也の言葉にカメリアはそっぽをむいて、口を閉ざした。竜也はその様子にくすくすと笑った。カメリアが幽霊の類いに弱いとは思ってもいなかったからだ。しかし、カメリアの気持ちが分からなくもない。教会の敷地内へはいってきてから、かれこれ1時間以上歩いているにもかかわらず、死者を弔う十字架は四方八方に果てしなく続いている。

「一体、どれくらいの人がここに眠っているんだろう」

「何千とも何万ともいわれている」

竜也のふとした疑問に、少し先を歩いていたユーイチが答えた。

「そんなに?」

「ここには戦死した者や、戦争の巻き添えになった者が眠っている」

ユーイチはどんどんと歩いていく。竜也は僅かに足をとめた。

「それじゃあ、この国全体ではどれくらいになるんだろう。あんな無益な戦いに落とさなくてもいい命を」

「竜也、それはちょっと違うんじゃないか」

カメリアの言葉に竜也は首を傾げた。カメリアが先を続ける。

「昔さ、俺の親父が、おふくろが死んだ時に言っていたんだ。人間には良いことも悪いこともある。長い人生の中で、その帳尻は合うようにできているんだって。寿命の長さも短いから不幸だとか、長いから幸せだということではない、ってな」

「そうかもしれないけど、戦争は話が別だよ。まだ自分の名前すらわからないような子供や、少年や少女が死んでいくんだ。何の責任も落ち度もないのに。希望を持って何かを夢見て一生懸命になっていた人が、志し半ばにして死んでいくんだ」

たまらずに反論した竜也に、カメリアが困ったような顔をする。

ユーイチが振り返り、低い声を出した。

「死になど意味はない。ただ、突然その日がやってくるだけだ。意味を見い出そうとするのはいつでも残された人間の方だ」

「ユーイチの言う通りかもな。俺もおふくろが死んだことを……あれ、ちょっと待てよ。そういえば、どうしてユーイチがこの墓地のことを知ってるんだよ!」

ユーイチの言葉の意味を考えようとしたとき、カメリアがハッとしたように言った。

「おい、まさか、迷ったっていうのは嘘なんじゃないだろうな」

カメリアの言葉にユーイチからの返事はない。考えてみれば、ユーイチは道を間違えたといいながら、まるで知っているかのように、何の迷いもなく、この夥しい数の十字架が立つ墓地の中を歩き続けている。カメリアがユーイチの前に走り出し、振り返る。

「おい、ユーイチ、何とか言えよ」

竜也は追いかけようとして、その足を止めた。

「カメリア、カメ…リア……」

「なんだよ、竜也、とめても無駄」

竜也は前方に広がる光景を指さした。カメリアが竜也の様子に目を細めて、視線を向ける。竜也たちの前に現われたのは、今まで見たこともない巨大な十字架だった。そびえ立っているその十字架は、墓地を飲み込むかのように見下ろしている。

「どうやって造ったんだ、あんなでっかい十字架」

「かなりの年代ものだよね」

竜也とカメリアが十字架を見上げている間にもユーイチは先に進んでいた。カメリアがそれに気がつき声をかけた。

「おい、ユーイチ、どこ行くんだよ」

「おまえらはここで待っていろ」

「なんだよ、それ。おい、ユーイチ、どこいくんだよ」

ユーイチはそう言い残して、さらに奥の方へと入ってゆく。やはりユーイチは迷ったのではなく、何か目的があってこの場所にやってきたのだ。

「竜也、後をつけよう。ユーイチのやつ何か隠してる」

カメリアの言葉に竜也はすぐに返事ができなかった。ユーイチが迷ったと思わせたのは、ここに来る理由を言いたくなかったからだ。

「後をつけて、何を隠しているのか突き止めてやる」

「やめときなよ。知られたくないことかもしれないじゃないか」

カメリアの後をつけさせるのを止めさせようと思ったが、それが無理だということも分かっていた。

「そう言うの、よくないと思うぜ。これから一緒に旅をしてゆくのに秘密主義なんか通されたら、いざっていうときに信用できない。それにあいつ、知っていてここに迷い込んだふりをしたんだ。いいよ。竜也が行かなくても俺は行くから」

「カメリア、カメリア! さっきまであんなに怖がっていたくせに、こういうことになると。カメリア、待って、僕も行くよ」

竜也は仕方なくカメリアの後を追った。カメリアの言うように確かにユーイチは何かを隠している。もちろん、そのことが気にならないわけではない。だがそれよりも、カメリアを一人でいかせたら、何をするかわからない。 

「カメリア、やっぱり、こんなことやめた方が」

「しっ、嫌なら一人で教会に戻ってろよ。おっ、目的地についたみたいだ。何やってるんだ? ユーイチの奴、スコップなんてもって。おい、墓を掘り起こし始めたぞ。まさか、墓泥棒じゃないだろうな」

カメリアが声を潜めてユーイチの様子を実況する。

「カメリアじゃあるまいし、ユーイチがそんなことするはずないよ」

竜也はカメリアの後ろからそっとユーイチの様子を見た。

「それもそうだな。って、竜也、それどういう意味だよ」

カメリアの声に、竜也は「しっ」とゼスチャーをして見せ、それを制した。竜也たちはユーイチが墓を掘り出し始めた場所から数十メートル程離れたところに隠れ、様子を眺めた。ユーイチは神妙な顔つきで墓を掘り続けている。竜也はやはり見てはいけなかったのではないか、という思いにかられた。

「ユーイチのやつ何してるんだろうな。それに、何かぶつぶつ言ってないか? もう少し近づいてみよう」

だが、カメリアにはそんな気は毛頭ないようだった。

「カメリア、カメ…………」

竜也はどんどんとユーイチに近付いてゆくカメリアの後を追って、ユーイチの目と鼻の先までのところへやってきた。普段のユーイチならとっくに二人の気配に気がついているはずだった。だが今は土を掘り返すことに一生懸命で二人に気がつく様子もなかった。ほどなくしてユーイチの声がわずかに聞こえてきた。

「母さん、俺、ここを出るから。しばらくこられないけど、きっと“正宗”を手に入れてここに帰ってくる。それまで、これを返しておくよ。母さん、これ、大切にしていただろ。旅の途中で落としたらいけないから」

ユーイチは首から下げているロケットを墓に入れると再び土をもりはじめた。

「なんだよ、ユーイチのやつ。そういうことなら言ってくれればよかったのに」

「照れくさかったんだよ。ユーイチのことだから、そういうとこ見られるの」

「だからって、道に迷ったなんて嘘」

「とにかく、今、見たことは黙っておこう」

カメリアが静かにうなずき、二人はユーイチの別れを邪魔しないようにユーイチが帰ってくるのを教会で待つことにした。

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「それにしても薄気味悪いよな」

カメリアは、数十メートルはある十字架を見上げて呟いた。竜也はそんなカメリアに笑顔を向けた。

「カメリアが、こういうところが苦手だとは思わなかったけどね」

竜也の言葉にカメリアは言い返すことなく、身震いして話しはじめる。

「俺さ、昔、悪いことすると親父に『十字架の森である呪文を唱えると死者が甦るんだ』って脅されて、真っ暗な墓地に置き去りにされたんだよ。一度、それで死ぬほど恐い思いしてさ。それから大っ嫌いなんだよな」

「そんなことがあったんだ。そういえば、僕も昔こんな話しを聞いたことがあるよ」

竜也はカメリアの話で、昔、ユーイチの父であるコーイチに聞いた話しを思い出した。それはまだ竜也が静かな町にいた頃の幸せな記憶の一つでもある。

「ある町のはずれに大きな十字架が聳える教会があって、その十字架は12本の十字架によって守られているんだって。だけど、その一つは裏切りの十字架で、その前に立ち呪文を唱えると、その殺された裏切り者の死者が甦る。確か、そんな話だったな」

「まさか、その十字架って」

カメリアが不安そうに振り返り十字架を見上げたので、竜也は笑い飛ばした。

「そんなはずないよ。僕が聞いたのは“静かな街”にいた頃だし、それにここには12本の十字架なんてないしね」

「そっか、そうだよな。うん、そうだそうだ」

不安そうなカメリアに竜也は笑ってみせ、カメリアがホッとしたように顔を緩めたとき、後ろから人の気配がし、聞き慣れた声が聞こえてきた。

「十字架ならあるぞ」

ユーイチだった。

「ユーイチ、もういいのか?」

思わず別れの挨拶はいいのかといいそうになるカメリアをとめ、竜也は慌てて話を変えた。

「12本の十字架があるって本当?」

ユーイチが静かにうなずく。

「来るとき、どこにもなかったけどな」

竜也は来た道を振り返る。

「お前たちが座っている、ちょうど反対側にこの教会を守るように12本の十字架が立っている」

ユーイチはそういって竜也とカメリアの後ろの方を指差した。

カメリアが立ち上がる。

「嘘だろ、ユーイチも人が悪いな。俺を騙そうなんて」

「そう思うのなら自分の目で確かめてくればいい」

ユーイチにいわれてカメリアが教会の後ろへと走ってゆく。間をおかずしてカメリアの悲鳴が聞こえた。

「カメリア、どうしたの!」

カメリアの悲鳴に竜也は慌てて教会の後ろへ走った。

「ほ、ほんとに、立ってる」

「なんだよ、脅かさないでよ。何かあったのかと思ったよ」

カメリアは12本の十字架の前でかなり怯えていた。竜也はいつも強がっているカメリアがこれほどまでに、この手のものに弱いことを知っておかしくなった。

「何、笑ってるんだよ。竜也、早くここから立ち去ろう」

「大丈夫だよ、カメリア。呪文を唱えたりしないから」

カメリアを安心させようとして言った言葉に、ユーイチが鼻をならす。

「呪文など唱えたところで何も起こらん」

「そんなことわかんないだろ。何か出てからじゃ遅いんだぞ」

怯えるカメリアにユーイチが呆れた顔を見せる。

「くだらん」

竜也はふと、それならば、という気になった。

「僕はそうでもないと思うけどな」

竜也は十字をじっと眺めた後、僅かに笑みを浮かべた。

「やってみる価値はあるかもね」

「何、言い出すんだよ、竜也!」

怯えるカメリアを横目に、竜也は十字架を眺めた。

「僕はカメリアのように信じているわけでもないけど、ユーイチのように全く信じていないわけでもないんだ」

「だからって、やらなくてもいいだろ」

「でも、やってみないとわからないこともあるし」

怯えるカメリアには気の毒だが、こうなるとどうしてもやってみたくなる。そんな竜也にユーイチが鼻から息を吐いた。

「昔、俺がやった。だが、何も出てこなかった」

竜也はユーイチの方を振り返り、そして12本目の十字架を指差した。

「ちゃんと、裏切りの十字架の前で唱えた?」

「あぁ、その一番左端の十字架の前でな」

ユーイチはそういって十字架の前に立つと、目を瞑った。

「何、する気だよ」

竜也は止めようとするカメリアを抑え込み、ユーイチを見つめた。

「風は南から吹き、川は西から流れ、太陽は東に沈み、月は西から登る、なんじコレを嘘というか」

ユーイチが呪文を唱えると同時にカメリアは叫び声をあげ、地面にしゃがみ込んで耳をふさいだ。

「ばかか貴様。おい、亀、カメリア、よく見ろ、何も起こってないだろう」

ユーイチが呆れたように息を吐き、カメリアの肩を叩く。

「本当だ。よかった」

カメリアが立ち上がり、大きく息を吐く。

「ったく、だから、おまえはばかだと言うんだ」

「んだよ、それ! 大体、ユーイチが。あれ、竜也、何そんなところに立ってるんだよ。もうユーイチが呪文を唱えて出てこないってわかったじゃないか」

カメリアの声をよそに、竜也は歩きながら必死に呪文を思い出していた。ユーイチの呪文は何かが違う。

「そうだ、そうだよ。ユーイチの呪文は、最後の部分が違うんだ」

竜也が呪文を思い出した時、竜也はすでに12本目の十字架の前にいた。

「最後のなんじコレを嘘というかの部分。僕が聞いたのはこうだった」

竜也はそういうと目を閉じた。

「風は南から吹き、川は西から流れ、太陽は東に沈み、月は西から登る、なんじコレを嘘ということなかれ」

竜也が呪文を終えたその時だった。辺りが一瞬にして闇に包まれ、どこから地響きのような音が聞こえてきた。

「なっ、なんだ」

音のする上空を見上げた瞬間だった。凄まじい閃光とともに、低い奇妙な爆音が響き渡った。

閃光は稲光りと化し大きな十字架に落ち、教会がうなり声をあげ、竜也たちはその爆風で数メートルほど吹っ飛ばされた。

「こっちだ」

ユーイチの声に引きずられるように竜也とカメリアは安全な場所まで這うように隠れた。十字架は生木を裂くような音をたてて崩れ落ち、竜也たちの目の前へ積み重なった。

「大丈夫か」

ユーイチの声に竜也は頷くと、ふらふらになりながら立ち上がった。

「一体、これは」

「たたりだよ、たたり! 竜也が死者を甦らせたんだよ」

竜也の疑問にカメリアが震える声で答える。

「まさか」

「でなきゃ、さっきまで天気だったのに、突然、落雷が起こるわけないだろ」

カメリアの言葉に竜也は信じられないと首を振った。だが、ユーイチの方へ振り返った時、竜也はそれを信じざるを得なかった。ユーイチは恐ろしいほどの真剣なまなざしで空を睨みつけている。

「なんだよ、今度はユーイチまでそんな顔で」

「あれをみろ!」

ユーイチの言葉に竜也たちが教会へ振り返ると、3人のすぐ後ろに黒い竜巻きのようなものが巻き上がっている。大地が悲鳴を上げているような低いような甲高いような音だ。

「今度は何だよ」

「竜巻きしては少しおかしい」

竜也が目を細めた瞬間だった。突然、竜也を目掛けて黒い竜巻きが襲い掛かってきた。

「どけ!」

竜也はユーイチに腕に押され地面に倒れた。ユーイチは竜也とカメリアの前に立ちはだかり剣を抜くと、襲ってくる黒い物体を真っ二つに切り裂いた。黒い物体が竜也たちの横を吹き抜け、後方へ吹き抜ける。黒い物体は大きな木にぶつかり、その木をメリメリと根元から飲み込んでゆく。木は根から放り出されるように空中へと舞い、すさまじい音と共に地面に突き刺さった。

「なんだよ、あれ! あんなもんにやられたら……だめだ、また来るぞ!」

気をなぎ倒した黒い物体は再び回転を変えて、竜也たちの方へ向かってくる。カメリアの声に竜也は反射的に立ち上がった。逃げても、逃げても黒い物体は竜也の方へ襲い掛かってくる。その度に、何度となくユーイチがその黒い物体を切り裂き、黒い物体が辺りの木をなぎ倒ながら吹き飛ばしてゆく。

「だめだ、このままじゃユーイチの体力が持たない。」

竜也は荒い息とともに誰ともなく言った。黒い物体が現れてどれくらいたったのかはわからない。感覚的には1時間にも2時間にも感じられた。もやは、黒い物体の威力にユーイチの体力も限界だった。こうなったのもすべて自分の責任だ。カメリアの言った通り呪文は唱えるべきではなかったのだ。

「僕に任せて二人はこの場から逃げて」

竜也は攻撃が一瞬遅れた隙に叫んだ。

「逃げろって、竜也はどうすんだよ」

「大丈夫、カメリア、二人が逃げた後で僕も逃げるから」

「逃げられるわけないだろ!」

カメリアの言葉ももっともだった。竜也にも策があるわけではない。だが、このままだと三人そろって黒い物体にやられてしまう。黒い物体が狙っているのは呼び起こした竜也なのだ。だとしたら。竜也は二人から思い切り離れた場所へとかけ出した。

「竜也!」

カメリアの声が後ろから追いかけてくる。と同時に、黒い物体もまた、鋭いうねり声のような音を立てて竜也を追ってくる。

「竜也!」

間一髪。しゃがんだ竜也の頭上を黒い物体が通り抜け、数メートル先の大木へと音を立ててめり込んでいく。竜也はすぐに立ち上がった。やはり、黒い物体は竜也を目掛けてやってきている。竜也は再び、叫んだ。

「僕なら問題ないから早く逃げて!」

ユーイチは限りなく落ち続ける汗を拭い、竜也に近づいてくる。だが、目の前には今まさに黒い物体が襲いかかってこようとしている。竜也は近づいてくるユーイチに視線を走らせた。

「ユーイチ、ごめん」

黒い物体が何十回目の攻撃をしてきた時、竜也は前に立っているユーイチの身体を反転させ、力いっぱいユーイチの腹に拳を突っ込んだ。ふいをつかれたユーイチが足から崩れ落ち、竜也はその姿を横目に数メートル離れたところへ、黒い物体を引き寄せた。

「竜也!」

「カメリア、ユーイチをつれて早く!」

視界の僅か端の方にいるカメリアに合図を送ったが二人には逃げようとしない。竜也はすぐ目の前まで迫ってきた黒い物に一瞬目を閉じた。1秒にも満たない時間の中で、竜也はフィリップ皇太子やロイ、そしてカメリアやユーイチに謝っていた。そして瞼を開け黒い物体を睨み付け、覚悟を決めたその時だった。

「どけっ!」

突然、現われた少年に竜也は突き飛ばされ、しりもちをついた。黒い物体が竜也の僅か数センチ横を通り抜け、数メートル後ろの木にぶつかると、樹齢百年はあろうと思われる木がみしみしと音をたてて崩れてゆく。突然現れた少年は黒い物体と僕の間に立ちはだかり、何やら呪文のようなものを唱えはじめた。

「怨娑羅場粗倭化ΨΦΔ鸞乱霊楼ヰムΑ鴣αηθιλ鯢鰺昇天鴉ΧΩεΖ………」

「なんだ」

竜也たち前に現われた少年が呪文をとなえると、その呪文に黒い物体がもがいているかのようにその場でうねりを上げ始めた。黒い物体はもがきながらもものすごいうねりとともに少年へと近付いてくる。

「おい、どうなってるんだよ」

竜也たちの驚きを無視して、少年は呪文を唱え続けている。 黒い物体は竜也からその少年へと矛先を変えた。

「何がどうなっているんだ」

竜也もまたつぶやいた。黒い物体が少年の声と呼応し、シューッという音をたてて上昇しはじめる。

「怨然ΦΔΓ鸞霊鴣αηθλ昇天鴉ΧΩεΖ怨麈念鵯鵐ΨΦΔΓ鸞ヱ霊楼ヰム………」

少年の声がより一層大きくなる。黒い物体はまるで悶え苦しむかのように、ものすごい勢いでぐるぐると弧を描いている。

「今こそ、あるべきところへ帰らん!」

少年の声が一瞬でできた静寂を破り響き渡った、次の瞬間、閃光が走った。光とともに黒い物体が現れたときのような爆風が竜也たちを襲った。竜也は目をつむったまま、強い風のように飛ばされないように身体を踏ん張らせた。物体が消える断末魔がわずかに聞こえた。

「一体、どうなってるんだ」

カメリアの言葉が三人を代表していた。竜也が目を開いたときには黒い物体は跡形もなく消え去り、少年が指で空を切っていた。カメリアもユーイチも荒い息をつき、少年と消えた黒い物体の辺りを見つめている。

「きみは?」

竜也は息を整え少年を見つめた。

「オレの名前などどうでもいい。それより、どういうつもりだ。こんなことをして」

呪文を唱えている時とは別人のような顔に竜也は驚きを覚えた。だが、その迫力にはかわりはなかった。

「いや、実は、噂が真実かどうか確かめようとして」

「あほか! そんなことして! てめぇら、もう少しで死ぬところだったんだぞ!」

少年は息を整えながら竜也たちを見据えている。

「すみません。でも君のおかげで助かったよ。ありがとう」

「礼なんて言われる筋合いはねぇよ!! まったく、助けるんじゃなかったよ。ばかばかしい!」

カメリアが竜也の前にたち、少年を睨み付ける。

「なんだよ、そんな言い方しなくてもいいだろ」

「ばかにばかと言って、何が悪いんだよ! てめぇらが呼び覚ましたのは、凶悪な悪霊だったんだぞ」

竜也たちを怒鳴り付ける少年の目にはやるせない怒りが浮かんでいる。

「悪霊だ? ふん。くだらん」

「くだらんだぁ。今、自分の目みただろうが!! てめぇの剣でも切れなかっただろうが。あのままじゃ、てめぇらあの霊に身体ごと持っていかれてたんだぞ。ああ、もういい。てめぇらにこんな話をしても無駄だ、無駄」

少年はそういって投げ出した自分の荷物を拾い上げる。

「なんなんだよ。その言い方は!」

「カメリア、悪いのは僕だから。本当、すみませんでした。おかげで助かりました」

竜也は少年のもう1つの荷物を拾い上げて渡した。少年が竜也を真剣な目で見つめ返す。

「いっとくけどな。あんたが唱えた呪文は、あの封印していた悪霊を呼び覚ます呪縛解霊術だったんだ。いいか。世の中には嘘みたいなおかしないいつたえが山程ある。だがな、中には本当のこともあるんだよ。それを興味半分でやると、こういうことになるんだ。よく覚えとけ! まったく、てめぇらみたいな奴らがいるからオレが迷惑するんだ」

少年は吐き捨てるようにそいうと、竜也たちの前から去っていった。

「なんなんだ、アイツ」

「神父っていう感じではなかったけど、名前も聞けなかった」

竜也は遠く離れた少年の背中を見つめた。

「あんな坊主頭でピアスなんかしている神父がいるかよ。第一、名前なんて聞く必要なんてないね。あんな失礼なやつ。もう二度と会いたくない。さぁ、さっさと行こうぜ」

今度はカメリアが吐き捨てるように言い歩き始めた。ユーイチも釈然としない顔で歩き始めている。竜也はぼんやりと十字架のあった辺りを見上げていた。あの物体は本当に悪霊だったのだろうか。もし悪霊だとするなら、それをいとも簡単に退治したあの少年は何者だったのだろう。

「おい、竜也、はやくこいよ」

竜也はカメリアの声に我に返り、少年の消えて言った方へもう一度振り返えると二人の後を追った。


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