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ストーリー:

STORY04 傷痕

裁かれし町を出てから竜也とカメリアの二人は3日以上歩き続け、ようやく一軒の店にたどり着いた。町も村もなく、家ひとつない場所で屋台を開く店の風変わりな主人から、二人は裁かれし町の裁判所が閉鎖されたことを知った。だが、ほっとしたのもの束の間、竜也たちは「闇に閉ざされた町」に足を踏み入れることになった。竜二人がそこで出会ったのは、ナイフを持った小さな少女と気配さえも消す青年だった。竜也は「闇に閉ざされた町」の状況を探るため、さらに町の中へと進んだ。

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「かなり歩いているような気がするんだけど。まだ、あの塔にもつかないなんて、ばかでかい町だな。やっぱり町を横切らずに迂回した方がよかったんじゃないのか」

「町には誰一人いる気配がないし。こんなところであの青年や女の子は一体、どうやって暮らしているのだろう」

竜也の返事にカメリアが顔をしかめて苦い声を出した。

「竜也、いいかげんにしろよ」

カメリアの声にハッとして顔をあげるとカメリアが驚くほど真剣な顔をしている。竜也は自分がカメリアの質問にとんちんかんな答えを返したのだと気がついた。

「この町には誰もいないんじゃない。誰もが息を殺して生きるだけだ。その証拠に、さっきから廃屋の窓の中から、俺たちを見張っている」

竜也のとんちんかんな答えに、カメリアは答えを返した。

「気が付かないのも無理はないけど。俺にはわかるんだよ。俺もこの町の人たちと一緒だったから」

「カメリア」

竜也の暗い声にカメリアがわざと明るい声を出した。

「それと、あいつらのことなら忘れた方がいい。この町のことはこの町の人間が考える。俺たちじゃ、どうにもならないことだってあるんだから。いいか、だから俺たちは一刻も早く、この町を出る」

「そうだね」

カメリアの言葉に竜也は頷いてみせた。

だが、とても彼らのことを忘れることはできそうにない。いや、町の中を歩けば歩くほど彼らのことが頭から離れなくなっていった。竜也と会ったときのカメリアのように、彼らは自分たちを傷つけて、生活しているのかもしれない。だとしたら……竜也が溜息をつこうとした瞬間、先の方から叫び声が聞こえてきた。竜也は思わずカメリアの顔を見た。

「なんだ、悲鳴? この先の方から聞こえたけど」

「カメリア、行ってみよう!」

カメリアが大きく頷き、二人は悲鳴が聞こえてきた方角を頼りに走り出した。

「竜也、あれ!」

入り組んだ街路地を幾つか曲がった時、体格のいい大男が女を抱きかかえているのが見えた。その正面には小柄な男が慌てふためいている。

「や、やめて下さい! 僕らはただ」

「ただもへったくれもねぇ。ここでは何がおきても文句はいえねぇんだ!」

「お金なら、すべて差し上げます! ですから」

小柄な男が大男に必死に頭をさげ、金品を差し出している。大男がそれを片手で奪い取り、にやりと笑った。

「当然だ。金はすべて俺が頂く。だが、この女も俺が頂く。」

大男が笑い。女の悲鳴があたりに響き渡る。

「や、やめて下さい」

女の悲鳴が一段と高くなり、小柄な男が必死にその腕にしがみついた。

だが、次の瞬間数メートル後ろまで吹っ飛ばされた。

「何であんなことになってるのかわからないけど、あのままだとあの人やばいぞ、竜也。くっそ、皆、見てみぬ振りかよ。といっても戦うものなんか、ここにはないし、あんなばかでかい大男とやりあって勝てる通りがないし」

カメリアが考えあぐねている間、竜也は息を整えていた。ずっと走り続けてきたので息が切れている。竜也は今さらながら自分の体力のなさに嫌気がさした。

「お願いします。彼女を話してください。お金はそれで全部です」

「っけ、金を出すしかできねぇ屑が。女の一人も助けられねぇとはな」

竜也が思考能力を取り戻す間、大男は小柄な男をば倒し続けていた。

大男に抱きかかえられた女が小さなうめき声をあげる。

「竜也、どうする」

「どうするも何も」

竜也が再び動き出そうとしたときだった。小柄な男が拳銃を構えるのが見えた。瞬間、横にいたカメリアが唸るように言った

「やっばいぞ、竜也。あんな旧式の単発銃じゃ、どうにもならない。一発外したら終わりだ! 第一、あんな旧型じゃ狙いも定まらない」

確かに勝負は誰の目にも明らかだった。大男はそれを承知ではっぱをかける。

「っけ、そんなもん出したって、ろくに使えねぇんだろうが。ほうら、さっさと撃ってみろよ。心臓はここだぜ」

「やめて、私のことはいいから、早く、逃げて!」

大男に首を羽交い締めにされている女が小柄な男に向かって叫んでいる。大男はそれを楽しむように、にやりとわらった。

「ほぉ、かいがいしいこといってくれんじゃねぇか。どうするよ、色男」

大男の挑発に小柄な男は叫び声とともに旧式のサイト銃の引き金を引いた。

「危ない!!」

銃声にカメリアの声がかき消された。

「もう、やめてーっ!」

女の悲鳴が辺を包む。大男に向けて放たれた銃弾よりも先に、大男の投げたナイフが小柄な男の肩に突き刺さっていた。銃が地面に落ちる音が虚しく空にこだまする。

「よせ、竜也! おまえが行ったって!! た、たつやっ!!」

竜也は考えるよりも早く、二人の方へ駆け出していた。大男に抱きかかえられていた女が僅かにできた隙に大男の腕から逃げ出し、小柄な男に駆け寄るのが見える。竜也は二人の前に立ちはだかり、大男を睨み付けた。

「それ以上、この人たちに手を出すな」

「なんだてめぇ。ぶっ殺されたくなかったら、さっさと消えちまいな!」

「やめろ、竜也!」

大男がいらついた顔をしたとき、カメリアが竜也のすぐ隣にやってきた。竜也はカメリアを横目でちらりとみると小柄な男の方へ視線を投げた。

「カメリア、君はその人たちを連れて、どこかへ」

「なっ、何いってんだよ! んなこと、できるわけないだろ!」

「いいから! 僕なら大丈夫だ!」

竜也の言葉にカメリアが無茶だという視線を送る。大男がそれをみて鼻で笑った。

「てめぇみたいなひょろひょろの青二才に、俺がやられるわけねぇだろぉ。え? 一体、何をしてくれるっていうのかな?」

「そうだよ! おまえに勝ち目なんてあるわけないだろう!」

カメリアの言葉に竜也がうなずく。

「大丈夫、ここからなら外さない」

竜也は護身用に持ち歩いている銃を取り出し、大男へ照準を合わせた。カメリアが驚きに声をなくした。

「確かに、まともに勝負したんじゃ、勝ち目はないかもしれない。けど、これだけ離れていればあなたは僕には手が出せない。でも僕の銃ならここから貴方をしとめることができる。念のために言っておきますが、この銃はその人のような旧式じゃない。この距離なら僕は絶対に外さない。そうでしょう。」

「そんなもんナイフでたたき落としてやるさ。てめぇも見ていただろう。その男の肩にナイフが突き刺さるのをよ」

竜也の言葉に僅かに大男の声が鈍った。竜也は自分でも驚くくらい冷静にそのことを分析していた。

「貴方のナイフならその男に刺さっている」

「一本しかないナイフを投げるばかがいるかよ」

男はそういってポケットの後ろに腕をまわすと、拳銃を取り出しにやりと笑う。

「これならどうだ?」

「拳銃も持ってるのかよ」

カメリアが唸るようにつぶやいた。

「今度は拳銃ですか。でも、その銃では暴発しかねないんじゃないですか。貴方がこの銃を知っているかどうかは知りませんが、この銃は最新式だ。貴方が引き金を引く頃には、僕の銃が確実に貴方を打ち抜いている」

竜也は大男が旧式の2発銃を取り出したのを鼻で笑い、口元に笑みを浮かべた。一瞬、大男の目が細まり、眉が釣り上がった。

「やれるものなら、やってみな! いざとなったら、びびって撃てねぇだろう」

「僕を甘くみるな!」

大男の言葉に竜也の頭がぶちんと音をたてる。

「竜也!!」

銃の引き金を引いた竜也にカメリアが叫んだ。

「そうかい、それならこれでどうだ!!」

男が引き金を投げるより早く、竜也は銃の引き金を引いていた。人に向けて撃ったことなどなかったが、躊躇などしている暇はなかった。

「竜也! 大丈夫か!」

竜也は大男の蹴散らした砂に膝をついた。

「くっそ、足で砂なんてばらまかしやがって!」

「だ、大丈夫、ちょっと砂が目に入っただけだから。それより」

竜也は駆け寄ってきたカメリアに大男に視線を送った。

カメリアがそれを察知して竜也の肩を掴んだ。

「あいつならおまえの撃った弾が肩にあたって呻いてる。さぁ、あいつが動けない今のうちにとどめを」

カメリアが竜也の銃を拾い、大男に照準を合わせた。

「ダメだ! 殺しちゃいけない」

カメリアの言葉に竜也はハッとして、カメリアの足をつかんだ。

「なんでだよ! あいつはお前を殺そうとしてたんだぞ!」

「けど、僕は生きいてるし、彼らも命は」

「甘いんだよ! 自分の目でみただろ、ここではそんなこと通じないんだ! あいつの銃が2連弾だったからよかったのもの、そうでなかったら今頃は」

カメリアの言う通りだった。2連弾は通称「トラブル」と呼ばれ、安く手に入る反面、暴発、乱発が多く実践向きではない。もし、普通の銃だったら竜也は間違いなく撃たれていた。

「しかし」

「あなた、あなた! しっかりして!!」

竜也の手を振払おうとするカメリアの視線が、竜也の後ろにいる二人を捕らえる。小柄な男が血だらけで倒れている。その目にはハッキリとした殺意が浮かび上がった。

「竜也! 足を離せ」

「ダメだ! カメリア。君には渡せない」

竜也は引き金を引けないよう必死にカメリアの姿勢を崩した。

「あの腕ならもう僕らを襲えない」

「何、甘いこといってんだよ」

竜也はようやく立ち上がり、カメリアから銃を奪うと服の中へしまった。カメリアは間違いなくあの大男を殺してしまう。竜也はまだ何か言おうとするカメリアに首を横に振った。

「っくそ」

カメリアが地面を蹴り、大男を見張っている。 竜也はふらふらと二人の方へ近寄った。

「あなた、しっかりして!」

「僕に見せて下さい。大丈夫、かなり出血はしているけど命に別状はありません。それよりこの辺に、医者がいるかどうか。」

竜也の言葉に男が息も絶え絶えに答える。

「僕なら平気……です。それより……………彼女のことを………」

「あなた、あなたぁ」

今にも呼吸がとまりそうな様子に竜也は無理矢理にも自分を落ち着かせた。

「安心して下さい。僕らが安全なところまで一緒に行きます。貴方も一緒に」

とりみだす女に対し、小柄な男は不安そうではあるものの冷静だった。竜也は力強く頷いてみせ、男に肩を貸そうとした。その時だった。

「竜也!」

カメリアの声が聞こえ、続いて銃声が耳にこだました。

竜也は身体が急激に重くなるのを感じながらも、ゆっくりと振り返った。肩を貸したはずの男のからだがゆっくりと落ちていくのがわかる。

「て、てめぇだけは、いかせ、ねぇ……」

「た、竜也!」

駆け寄ってきたカメリアの手に銃がしっかりと握られている。

「か、カメリア……何故、僕の銃を……スリはしないって……約束したはず、なのに………」

「ばっかやろう! こんなときに何いってんだよ!」

言葉とは裏腹に今にも泣き出しそうなカメリアの顔が竜也を覗き込んでいる。

「カメ……リア…………あの男は………………」

「なっ! なんで、撃たれてまであいつの心配なんてするんだよ! あいつはおまえを撃ったんだぞ! 竜也! たつやぁ」

竜也は薄れてゆく意識の中で、小さなあの女の子を見たような気がした。

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「うっ」

竜也がうめき声とともにゆっくりと目を開けた。視界がぼやけている。

「竜也! 目が覚めたのか?」

カメリアの声が聞こえる。竜也は横たわった身体を持ち上げようとして、痛みに再び横たわった。

「ここは?」

「医者だよ! おまえ、2日も寝たきりだったんだぞ! 俺、このまま目覚めないんじゃないかと」

「ばかおいいでないよ! あたしが手当てしたんだ。治らないわけがないだろう」

突然、聞こえてきた声に視線を動かすと、カメリアのぼんやりとした姿の向こうに、年を重ねた女性が見えた。

「あなたは」

白衣を着ていることからすれば、竜也を助けてくれた医者なことはすぐわかる。だが、竜也の言葉をついてでたのはその一言だった。

「あたしは、この町でただ一人の医者さ」

「このばあさんが、おまえの傷とあの人たちの傷を治してくれたんだ。いっ、痛! なにするんだよ!」

「おまえに、ばあさんなんて言われる歳じゃないわ。大体、あたしにはケイトという立派な名前があるんだよ」

白衣を着たケイトという医者はカメリアの頭をこずいた。カメリアが負けじと言葉を返す。

「ケイトなんて似合わないよ。ばあさんは、ばあさんじゃないかよ」

「なんだってぇ?」

ケイトは今度はカメリアの耳を引っ張り、カメリアが叫び声をあげる。

「い、痛い、いたい、離せよ、耳」

竜也は思わず笑い声を発し、痛みに声をつまらせた。竜也にもケイトの叱責が飛ぶ。

「無理するんじゃないよ。心臓を十数センチほど離れているとはゆえ、重症だよ。うまい具合に骨や筋を打ちのめされなかったことに感謝するんだね」

「ありがとうございます」

竜也はこのときようやくお礼を言った。だがケイトがそれを制した。

「礼なんていらないよ。あたしは医者だからね。けが人を治すのは当然さ」

「ものすごい血が吹き出してたんだぞ。俺、てっきりおまえが死ぬかと思ったんだからな」

「ごめん、心配かけて」

カメリアの複雑な顔に竜也が素直に頭を下げる。カメリアがふっと横を向いた。

「心配なんか、してなかったけどさ」

「おやおや、誰だったかね? あたしに『こいつを治さなかったらおまえを殺す』っていったのは」

照れ隠しに悪ぶってみせるカメリアにケイトが口を挟む。

「そんなこと言うわけないだろ、このヤブ医者!」

カメリアが怒ったように手をあげたが、反対に耳をつかまれた。

「何かいったかい?」

「い、いたいってば、暴力反対」

竜也はほっとしたのか笑いが止まらなかった。

「っ痛、カメリア、笑わさないでくれ、まだ、傷が」

「自業自得だよ。たく、あんな無茶して。たいして、強くもないくせに」

そういって竜也を睨み付けるカメリアに、竜也は真面目な顔をカメリアに向けた。

「そうだね。僕はまたカメリアに助けられた。それで、あの男は?」

「まだ、あんなやつの心配するのかよ!」

カメリアの苛立ちを無視してケイトが穏やかに頷いてみせる。

「あの男も死んじゃいないよ」

「そうですか。それはよかった」

「変な子だね」

竜也の言葉にケイトが怪訝な顔をする。

「まぁ、いいさ。笑う元気があれば大丈夫。だが、安静第一だからね。おい、亀、病人の怪我を悪化させるようなことをしいでないよ。それじゃあ、ちょいとあたしはムロイのけがをみてくるからね、頼んだよ、いいね」

「だから、亀よばありすんなって」

「亀に亀っていって、何が悪いんだい」

ケイトはそういって笑い、扉の向こうへ消えた。

「ったく、俺にはカメリアって名前があるのに。あのばあさん、年寄りはもっとかわいくしないと嫌われるんだからな」

竜也は膨れているカメリアに思わず吹き出した。 

「なんだよ、何がおかしいんだよ」

「あの」

カメリアが竜也に襲い掛かろうとした時だった。部屋の扉が開き、一人の女が入ってきた。

竜也が目が覚めているのを確かめ、ベットのそばへやって来た。

「この人サラさんっていうんだ。ムロイ……彼女を助けようとしていた男の許嫁なんだってさ。何でも、賑やかな町にいく途中だったらしい」

カメリアの説明に頷くサラに、竜也は身を起こそうとして、それが無理だと言うことに気がついた。

「無理すんなよ」

カメリアにいわれ、竜也はわずかに身を起こしただけにとどめた。

「ありがとうございました。あなたのおかげで」

「いえ。それよりサラさん、ムロイさんの怪我はいかがですか?」

「おかげさまで。肩を僅かに抉ったようですが深い傷じゃないとケイトさんが。それよりあなたの方が」

申し訳なさそうなサラの顔を見てカメリアが明るい声を出す。

「いいの、いいの、サラさん、気にしないで。こいつ、こういうこと趣味でやってるんだから」

「趣味?」

カメリアの冗談にサラが真面目に首を傾げる。

「カメリア、そんな冗談いったらサラさんが本気にするじゃないか」

「本当のことだろ。すぐ自分から首突っ込んでさ。結局、迷惑かけてるんだから」

竜也はカメリアの言葉に返す言葉がなかった。確かに、迷惑をかけっぱなしだ。

突然、くすくすと笑いはじめるサラに、竜也とカメリアの視線が重なる。

「ごめんなさい。とても仲がよさそうだから」

「冗談やめてよ! こんな奴と」

「サラ?」

カメリアがベッドの脇の椅子に身体を預けた時、小さなノックの音が聞こえ、僅かに開いていた扉がさらに大きく開いた。入ってきたのは、あの時の小柄な男、カメリアの説明ではムロイという男だった。

「あなた。手当てはもういいの」

「ああ、もう出血はしないだろうって」

「そう、それはよかった。それより」

サラの目配せに、ムロイが竜也の方へ勢い良く近付いてくる。

「よかった! 目が覚めたのですね!」

竜也はさらに身体を起こそうとしたが、身体がいうことをききそうにない。

「どうか、そのままで」

「すみません」

竜也は小さく頭を下げた。

「いいえ、謝らなければならないのは僕たちの方です。本当に、ありがとうございました。あなたのおかげで助かりました。でなければ、今頃」

「いえ、僕は何も。それより、肩の具合はどうです?」

厳重に巻かれた肩の包帯が、ムロイがまだ動かない方がいいことを示している。にもかかわらず、ムロイは竜也の様子を気にしてやってきてくれたのだ。

「おかげさまで。僕よりも貴方の方がひどい、本当に申し訳ありませんでした」

ムロイはそういって深々と頭を下げた。竜也は苦い笑みを浮かべ頭をかいた。

「そんなに誤らないでください。僕が勝手にやったことですから」

「そうそう、ムロイさん、気にすることないって」

カメリアが竜也の隣であいづちをうつ。ムロイがサラと視線を合わせた。

「しかし」

「それくらいにしておきな」

「ばあさん!」

竜也が困り果てているとケイトが部屋へ入ってきた。

「この町じゃあ、あんなことは日常茶飯事だからね。誰が悪いとか、誰が助けたとか。そんなことを気にしたって仕方がない。せっかく、助かったんだから、あとの人生を精一杯生きることだよ」

「ケイトさん」

サラが呟くようにいい、ムロイに苦い笑いを向ける。何か言い当てられたような顔だった。

「それより、支度は出来ているかい?」

「はい」

ケイトの言葉に二人がうなずく。

「それじゃあ、すぐに出発しようかね」

「あの、一体どこへいくのですか」

竜也は何がどうなっているのか状況が把握できず、ケイトに視線を向けた。ケイトは小さく息を吐くとはっきりとした口調で言った。

「本当なら、もうしばらく傷の具合をみた方がいいんだがね。生憎ここにはたくさんの食料がない。それに、今なら手をだそうってもんもいないだろうから、今のうちのこの人たちを賑やかな町へ送ろうと思ってね。町の外まで出れば殺されることもないからね」

「それなら、僕も行きまっ」

動こうとした竜也の身体は悲鳴をあげた。思っている以上に傷は深いらしい。

「竜也!」
「無理するんじゃないよ。さっきもいったが、あんたの傷は浅くないんだよ。数日は安静にしてなくれば、さすがのあたしでも治せなくなる。大丈夫。あたしが町の外までちゃんと送るよ。それに」

「待って下さい!」

「なんだい?」

「食料は買い足せないものなのですか?」

竜也の質問に、ケイトが溜息まじりに答える。

「買えんことはないがね、生憎、そんな金もここにはないんだよ。なんせ、この町の物価はべらぼうに高いからね」

「それなら、僕が支払います。カメリア、その鞄を」

竜也は痛みを堪えて鞄を指差した。

「待ちな。竜也とかいったね」

ケイトの厳しい視線が竜也を捕らえている。竜也はその目をしっかりと見つめた。

「気持ちは有り難いが、おまえにそんな施しをされる理由はないよ」

「施しではありません。僕は僕にできることをするまでです。」

眉間にしわを寄せるケイトの言葉を竜也は力強く遮った。だが、声は傷の痛みに歪んでいた。

「ケイトさん、さっき、あなた、いいましたよね。本当なら、ムロイさんもしばらく安静にしていた方がいいのだと。僕だって、しばらくは厄介にならなければない身です。ならば僕は僕にできることをする。これは施しでもなんでもない。僕の治療費です」

竜也の申し出にケイトが複雑な顔を見せる。

「それが余計なことだというんだ」

僅かな沈黙が生まれたときだった。扉が勢いよく開き、聞き覚えのある声が飛んできた。竜也は驚きに痛みを忘れた。

「君は」

「なんで、おまえがここにいるんだよ!」

驚いていたのは竜也だけではなかった。

「ユーイチ、この人たちを知っているのかい?」

ケイトの言葉にユーイチと呼ばれた青年は何も答えなかった。

「実は、僕らがこの町にきたとき、町の入り口で」

「俺はそんな金があることを鼻にかけたやつらはしらない」

竜也がユーイチの代わりに答えようとしたとき、ユーイチが睨み付けるように言葉を遮った。

「なんだって! おまえ、最低だな。人のことそんな風にしか見れないのかよ」

「俺は本当のことを言ったまでだ。俺たちに恵んで、自己満足に酔いしれたがっているようなやつなど知らない」

「てめーっ」

「カメリア」

竜也は怒りに震えるカメリアの腕をつかんだ。傷口に痛みが走る。

「何だよ止めるなよ。おまえ、そんなつもりでやってんじゃないだろう! だったら言い返せよ」

「いいんだ」

「今度は仲良しごっこか」

「いわせておけば」

「カメリア!」

竜也をカメリアをとめようとし、その痛みにベッドから落ちそうになった。

「竜也」

カメリアの手を借り、竜也はベットの上に戻った。

「ユーイチさんでしたね。僕はただ、ケイトさんに治してもらった治療費を払おうとしただけです。だから、このお金は施しとかそういうものでは、決してありません」

「それは施しを受ける方の身になったことのない人間の理屈だ。たとえ、どんな理由をつけようと同じだ。そんなものは、いらない。その人たちは俺が町の外まで送る。おまえらも怪我が治ったらさっさとでていけ。俺はおまえらみたいなやつを見ていると吐き気がするんだ。さぁ、いくぞ」

「君はさっき、ケイトさんがいっていたことを聞いていなかったのか!」

竜也は痛みを忘れて声を張り上げた。ユーイチの目が静かに竜也を捕らえている。

「この人たちはできることならあと数日は大人しくしていた方がいいんだ! でなければ傷がふさがらないかもしれない。たとえ、薬を持って行ったとしても、 ここから賑やかな町までは最低でも3日、いやその傷ではもっとかかる。それを君は施しを受けるのは嫌だとか、そんな自分勝手なことでこの人たちを危険にさらす気なのか。君にこの人たちの命をどうこうする権利があるのか」

ひどい言い方だったかもしれない。竜也は黙っているユーイチを見つめた。ユーイチが竜也の顔を睨むように静かに見つめている。

「勝手にしろ」

「まったく、困った子だね」

吐き捨てるように部屋を出ていったユーイチに、ケイトが何とも言えない表情を浮かべた。

「どうやったら、あんなに捻くれられるのかね」

カメリアの溜息に、サラが頭を下げる。

「すみません、私たちがこんなことになったばっかりに」

「あなた方が謝る必要なんてありません。すべてはこの国が、この国の国王が悪いんです」

沈んだ雰囲気に謝るサラに、竜也は拳を握った。カメリアが真剣な眼差しを向ける。

「竜也、おまえ、二言目には『国』『国』っていうけど、国のせいにすればいいってもんでもないだろ。大体」

「こんなところで、今、国がどうこうと論議したところで何がどうなるわけでもないさ。それより年寄りから一つ忠告をしておくよ」

ケイトはカメリアの言葉を遮ると厳しい顔をした。

「この町の人間は施しを嫌う。ユーイチだけじゃなく、あたしだってそれは同じだ。たとえ町が崩壊寸前であろうと、人間の屑だと人に蔑まれようと、人にすがってまで生きることはしない。たとえその行為が善かれと思ってしたことであったとしても、それをよしとしない人間もいるということを覚えておくといい。あんたたちには、わからないかもしれないが、弱い立場におかれた人間にはどうしても抜け出すことのできない、考えってものもあるんだよ」

「ケイトさん、それは僕にもよくわかっています」

竜也の言葉に何か言いかけたケイトを今度は竜也が遮り言葉を続けた。

「僕もこの町の人と同じでした。だから気持ちはわかります。でも、施しを受けることが、なぜいけないのですか」

「何、いってんだよ、竜也。施しなんて誰だって」

カメリアが竜也の言葉に驚いたような顔でする。竜也はカメリアに真剣なまなざしを返した。

「どうしていけないんだ?」

「施しなんて誰だって受けたくない。受けたら自分が負けたような気がするっていうか、なんかうまく表現できないけど、とにかく嫌な気持ちしかしない」

竜也はカメリアの言葉に首を横に振った。

「確かにカメリアの言う通りかもしれない。でも、ケイトさん。なぜ、施しを受けることが悪いのですか。人にすがって生きることの何が悪いというのですか。僕はそんなプライドのために命を落とすことの方が馬鹿げていると思います。死んでしまったのでは何も変わらない。大切なのは、施しを受けないというプライドではないのではないですか。」

竜也の言葉に誰も口を開かなかった。施しを受けることが嫌だという持ちは竜也にもよくわかる。母が死に一ノ宮宮へ連れてこられた竜也も、彼と同じ気持ちだったのだから。


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