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ストーリー:

STORY03 闇の中

王宮から東に位置する「笑いの泉」でスリをする少年カメリアと出会った竜也は、BLUE SKYで唯一の民間裁判所の実体を知らされる。カメリアの父、ハルはその実体を暴こうとして投獄され、毒殺されようとしていた。カメリアの父を救うため、カメリアと元裁判官ソレイユとともに、竜也はカメリアの父親がつかんだ証拠を探し出す。そしてもう二度と戻らないと決めたはずの王宮にいるロイ、フィリップ皇子の力を借り、裁判所の閉鎖へと乗り出した。しかし、追いつめられた政府の人間ビクトリーニ男爵により、裁判所のある裁かれし町は火の海と化してしまう。竜也は自分の無力さと政府に苦しめられる町がまだいくつもあるということを知り、新たなる決意を胸に、カメリアとともに次の街へと旅立った。

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「なぁ、なんで馬車も何も使わないんだよ。もう3日も歩きっぱなしで、俺、死にそうだよ」

カメリアが照りつける太陽を見上げながら、うんざりしたように言う。竜也が僅かに振り向いて笑みを浮かべる。

「急ぐ旅でもないからね。お金は大切に使わないと。あ、これは、カメリアが言った言葉だったね」

「ったく、竜也がこんな嫌味な性格だとは思いもしなかなったよ。こんなことならついてくるんじゃなかっ……って、もう愚痴っていたって腹が減るだけだ。なぁ、馬車はいいから、せめて休憩しよう。俺、腹減って死にそうだよ」

カメリアは唸り声とともに地面にしゃがみ込んだ。

賑やかな町を出る時『次の村までは2日。その間には町がないから食料を買いそろえて行くように』とソレイユに言われ、竜也たちは3日分の食料を買いそろえていた。

だが、今日で4日。3日3晩歩きつづけても次の村の姿さえ見られずにいた。

竜也はぐったりとしているカメリアに小さな息をついた。

「休憩してもいいけど食料は昨日で食べつくしたから、もう水が少しあるだけだよ」

「もう、俺ダメ。一向に町が見える気配なんかないし、腹は減るし」

カメリアはそんなことは言われなくてもわかっていると言わんばかりに道に横たわった。竜也もさすがに疲れ、その横に座り道の彼方を見つめた。照りつける太陽の光に地面がゆらゆらと景色を歪ませている。

「あのじいさん、やっぱり、ボケたな」

竜也は小さな疑問の声を漏らした。

「ん? じゃなくて、ソレイユのことだよ」

「いや、そうじゃなくて、あれを見て」

竜也はかげろうのように揺れる道のはるか先に、僅かに見えている影に目を細めた。

「カメリア、あそこに何かあるような気がするんだけど」

カメリアが竜也の言葉に怪訝な顔をし、まるで重いものを背負っているかのように、ゆっくりと身体を起こした。

「一体、何があるっていうんだよ」

面倒くさそうに起き上がったカメリアの声が、次の瞬間、歓喜の声に変わった。

「これぞ、天の助け。あんなところに店があったなんて気づかなかった! よぉおし、そうと決まれば。ほら、さっさと来いよ! 竜也! おいてくぞ」

カメリアは勢いよく立ち上がると、今までの足取りが嘘のように素早く歩き出した。竜也があっけにとられ笑い出したときには、カメリアはすでに遥か前方で振り替えり、竜也に手招きしていた。

「それにしても目がいいね。とてもじゃないけど、僕には黒い陰にしか見えなかったよ」

竜也が速足で追いつき、カメリアに笑いかけた。

「竜也の目が悪すぎるんだよ」

カメリアが呆れた顔をしてみせたが、その目には店を見つけた喜びが満ちていた。まさに生き返ったという感じだ。

「いらっしゃい。何にするね?」

「俺、腹一杯になるならなんでもいい。とにかく、一番早くできるやつ頼むよ」

「あいよ。そちらのお客さんはどうする?」

四方八方町の影さえ見えない場所で、店を出している少々風変わりな店の主人は、そういって愛想のいい笑顔を見せた。もっとも店と言っても、小さな屋台と いうところだ。それでも竜也たちには、立派な店の数十倍もありがたかった。竜也は歩いてきた道から視線を戻すと店の主人に、溜息まじりに答えた。

「僕も同じもので」

「よしきた。それじゃあ、すぐにできるからもう少し辛抱しててくれ」

椅子に座ると空腹と疲れが一気に押し寄せてくる。竜也はにこにこと笑顔を浮かべているカメリアの横で溜息をついた。

どうやら正常の目を持っていたのは自分の方だったようだ。

なぜなら二人がこの店に到着するまでゆうに10分はあったからである。疲れていることをさっ引いても、この距離で店だとわかるカメリアの目の方が異常だ。

「でも、助かったよ。この辺、何にもないんだもん。もう俺くたくたで」

「そうかいそうかい、それは急がないといけねぇな」

「もう1分でも早く頼むよ!」

店の主人はカメリアの覗き込むような視線をよそにテキパキと動いていた。その姿が頼もしく見える。カメリアも同じ気持ちなのかもしれない。店の主人のその手付きを嬉しそうに眺めていた。

「ところで、お客さんたちはどこから来たんだい」

店の主人は愛想のいい顔を竜也たちの方へと向けたが、料理を作る手をとめることはなかった。竜也はその見事な仕事ぶりに見入りながら答えた。

「ここから西にある賑やかな町からきました」

「ほう、賑やかな町から。歩いてかい? そりゃあ、大変だったろう」

「それはもう。丸3日歩きっぱなしで、おかげでこの有り様です。ね、カメリア」

竜也がカメリアに視線を向けるとカメリアには竜也の言葉も耳に入らないらしく、料理が出来上がるのをじっと見つめていた。店の主人が笑みを浮かべる。

「そりゃあ、大変だったな。そういえば、あの辺りで火事かなにかあったらしいな」

「はい。裁かれし町が火事になりました」

「おうおう、そうだった、そうだった。町中が火の海で、裁判所も焼かれて閉鎖されたんだってな。それで町はひどいのかい?」

「見渡す限りの焼け野原です。でも、あの町は」

竜也は店の主人のあいづちに、思わず立ち上がった。

その勢いで椅子が地面に大きな音を立てた。

カメリアが驚いたように竜也の方に視線を向けた。

「今、裁判所が閉鎖って」

「ああ、詳しい理由は知らないが、裁判所は事実上の閉鎖になったって」

「竜也!」

カメリアも立ち上がり、二人は拳を合わせた。

「ねぇ、おじさん、ビクトリーニ男爵がどうなったかは?」

カメリアが嬉しそうに身を乗り出し店の主人の顔を覗き込む。

「ビクトリーニ男爵? はて、そんな名前は聞いてないなぁ」

「どこからの情報だよ」

カメリアの言葉に店の主人が声を出して笑った。

「いや、こりゃまいったな。ちょっと小耳にはさんだだけでな。誰だい、そのビクトリーニ男爵っていうのは、知り合いかい?」

「知り合い?! とんでもない。あいつのせいで町がどれほど」

竜也は話し出そうとするカメリアの腕をつかみ、目を細めた。

「なんだよ」

怪訝な顔で見つめ返すカメリアの不満そうな顔に、竜也は無言で首を振った。そして、声を潜めると店の主人には聞こえないように声を潜めた。

「ビクトリーニ男爵のことは黙っていた方がいい」

「どうして」

カメリアもつられて声が小さくなる。竜也さらに声を潜めた。

「聞かれると面倒なことになる」

「いいだろ、別に。本当なんだし」

実はそうもいかないのだ。誰が何をしたかと問題になれば、竜也自身だけでなく、ロイにまでその矢は飛び火することになる。竜也はカメリアの顔をじっと見つめた。カメリアが溜息をつき、両手に顔をのせる。

「わかったよ。別に自慢するようなことでもないし。だけど何でそんなに」

カメリアが竜也に質問しようとした調度そのとき、店の主人が勢いよく皿を二人の前に出した。

「お待ちどうさま! 我が店自慢の激辛カレーだよ」

カメリアが声を上げる。

「うまそう! 俺、もう限界。それじゃあ、いっただきまーす!」

「熱いから焼けどしないようにしなよ。ほぉら、いわんこっちゃない」

勢いよくカレーを食べ始めるカメリアを横目で見ながら、竜也はホッと安堵の溜息をついた。素性を問いつめられたら竜也は嘘をつかなければならない。一つついた小さな嘘は、やがて大きな嘘となる。できることなら嘘はつきたくなかった。幸い、カメリアは食べることに夢中になっている。竜也は一つ息を吐くと気をとりなおすように声を出した。

「いただきます」

「ゆっくり食べな。足りなければまだまだあるからよ」

そういって笑顔を見せる店の主人の顔が一瞬ロイと重なって見えた。

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「一ノ宮様! どうなされました!? まだ旅にでたばかりでは」

突然、一ノ宮宮に戻った竜也にロイが驚きに目を丸くする。

「悪いけど、説明をしている暇はない」

竜也の慌てふためいた様子にロイがしわを深くする。

「馬車を用意してくれ。これからフィリップ皇子のところに行く」

竜也の願いにロイがあからさまに首を横に降る。

「無茶でございます。フィリップ皇子は、ここのところ御病気の方が芳しくなく」

「そんなこと言っている場合じゃないんだ」

「しかし」

「もういい。自分で用意する!!」

困惑するロイに竜也は苛立ち、自ら馬小屋へ向いながら叫んだ。

「一ノ宮様、お待ち下さい! 一体どうなされたのですか。何があったのです。

ことは一刻を争っている。

こうしている今も火は裁かれし町を焼きつくし、笑いの泉へ被害を広げているかもしれないのだ。

「一ノ宮様、お待ち下さい。何があったのです。もう、ここに帰ってくる気は」

「なかったよ!」

言葉を選んでいる暇もなかった。

「とにかく、僕は フィリップ皇子に合わなければならないんだ!」

「しかし」

「僕の力でどうにもならないんだよ!」

竜也は嫌がる馬を厩から引きずるように引っぱりだした。

「一ノ宮様! 落ち着いてください。そんなことをされたら馬が痛がって」

馬の首を無理にひっぱったため、馬がいななき身体を大きく揺らした。

「一ノ宮様」

ロイが馬の手綱をとり落ち着かせている。竜也は焦ってばかりで何もできない自分に顔をしかめた。

「一ノ宮様」

ロイが静かに息を吐く。竜也は苦渋に満ちた顔を向けた。

「すまない。ことは一刻を争うんだ。僕はすぐに裁かれし町に戻らねばならない。でもその前にどうしてもフィリップ皇子に」

「わかりました。それほどお急ぎならば馬車ではなく、車で参りましょう」

ロイがそういって馬を厩へ連れてゆき、代わりに車を出してきた。竜也は眉を寄せた。

「ロイ、王宮内での車は禁止されているはず」

「なに、急病とでも申せばなんとかなりましょう。王家に関する緊急自体にはいかなる場所であれ、車に乗ることができますから」

「ロイ」

「さぁ、すぐに参りましょう。事は一刻を争うのでしょう。ただし、運転は十数年ぶりなので保証はできませんよ」

口を結ぶ竜也にロイがそういって満面の笑顔を見せる。竜也は心の中でロイに感謝し、はやる気持ちを抑えた。いつだってロイは竜也のことを信じてくれている。

竜也が車に飛び乗り、低いエンジンの音が聞こえはじめると、車はぐらつきながら一気に一ノ宮宮を飛び出した。鋪装された揺れのない道を車は最速のスピードで走って行く。これならフィリップ宮まで大した時間はかからないだろう。

「一ノ宮様、話はあとできっちりお聞かせ願いますよ」

運転に慣れてきた頃、ロイが僅かに竜也の方に視線を送った。強い口調で言うロイに竜也は静かに頷き、フィリップ皇子への嘆願を整理しはじめた。

「どいてくれ!」

「一ノ宮皇子、困ります! フィリップ皇子は只今、医師の診断中です」

「それはわかっている」

「ならばおやめください。一ノ宮様!」

竜也はひきとめようとする執務官を無視して歩き続けた。後ろから執務官の声が聞こえてくる。

「一ノ宮様! 一ノ宮様!! おやめ下さい。一ノ宮皇子!! おい、ロイ、君が一緒にいながらこれはどういうことだ!」

フィリップ皇子の執務官がとめるのを無視し、竜也は返事を聞かずに扉を開けた。

「フィリップ皇子! 無礼を承知で失礼します」

部屋に入った時、フィリップ皇子は調度、診察を終え着替えているところだった。

「竜也皇子? 突然、どうされたのですか。」

「一ノ宮皇子、いいかげんにして下さいませ! ここはあなたがいる一ノ宮宮とは違うのですぞ」。

フィリップ皇子の声にかぶさるように執務官の声が聞こえ、竜也は腕を掴まれた。久々に会うフィリップ皇子は一段と痩せたように見えた。だが、その声はしっかりとしていた。

「佐伯、いいんだ。私が竜也皇子をお呼びしたのだ」

「フィリップ皇子! そんな見え透いた嘘を。それに、今は診察の途中で」

「大丈夫、診察なら、たった今終わったところだから」

竜也の腕をつかむ執務官にフィリップ皇子が優しい笑顔を浮かべた。そして、担当医にその笑顔を向けると穏やかに言う。

「先生、ありがとうございました。佐伯、先生をお見送りして」

「しかし」

「いいから」

慌てふためく執務官に対し、フィリップ皇子は全く動じず静かに指事を出した。思えばフィリップ皇子の慌てているところを竜也は見たことがない。といっても、竜也がフィリップ皇子に会ったのは数える程だった。

「それから、ここには誰も近づけないように、佐伯、頼んだよ」

「……わかりました。しかし、無理はなさらないでください。ロイ、君には後で責任をとってもらうからな」

執務官はフィリップ皇子の命令にしぶしぶ従い、担当医とともに部屋を出ていった。フィリップ皇子付きの佐伯に睨まれ、ロイは黙って頭を下げたが、顔は口煩い奴めといわんばかりの顔をしている。またしてもいろんな人に迷惑をかけている。そう思うと竜也はすぐに言葉がでてこなかった。

「どうしたのです? 急に黙ってしまって。大事な急用なのでしょう。」

フィリップ皇子が竜也の心を見透かすように笑みを浮かべる。竜也は唇を噛んだ。

「私のところへ来るなんて。世程のことなのでしょう」

「申し訳ありません。以前から、何度もお伺いして……いえ、お伺いしようと思ってはいたのですが」

「謝ることなんてありません。竜也皇子が来てくれていたことは知っています。佐伯が門前払いをしていたことも。佐伯は私のことになるとどうも過保護すぎていけない。悪気があるわけではないのです。許してやってください」

そういって頭を下げるフィリップ皇子にロイが笑顔を浮かべた。

「それは当然でございます。私も一ノ宮様のことなると同じでございます」

ロイの言葉にフィリップ皇子が笑顔を見せる。竜也は心の中で深々と頭を下げた。

「私は竜也皇子の頼みなら、何でも協力します。ただ、こんな身体ですから、どこまで役にたてるかはわかりませんよ」

「いいえ、僕の、私の方こそ、ご無理をいって申し訳ありません」

落ち着いた顔で微笑むその穏やかな顔は、はじめて会ったときと何一つ変わっていない。竜也はそのことにホッと胸をなで下ろし、事のあらましを説明した。

「そうですか。そんなことが」

証拠の書類を見ながら竜也の話をじっと聞いていたフィリップ皇子は、ほんの少し目をつむり何度かうなずいた。

「わかりました。そういうことならば、私が責任を持って国王にお話しましょう」

フィリップ皇子の笑顔に竜也は深々と頭を下げ、心の底から感謝の言葉を告げた。

「ありがとうございます。フィリップ皇子」

「お待ちくだされフィリップ皇子、一ノ宮様」

何も言わずに話を聞いていたロイが突然言葉を挟み、竜也の視線がフィリップ皇子と重なった。

ロイが一歩前に出、竜也に、そしてフィリップ皇子に視線を向ける。

「フィリップ皇子、差し出がましいようですが、その任を私に任せていだだけませぬか」

竜也は突然のロイの言葉に驚きを隠せなかった。

だが、フィリップ皇子は差程驚いている様子はない。

「一ノ宮様、フィリップ皇子は容態がよくなったとはゆえ、御病身の身でございます。国王様にお会いに宮廷へいかれるだけでも、それは大変なこと。それに、御病身のフィリップ皇子が出向いたとなれば、なにごとかと噂にもなりましょう。かといって、一ノ宮様が宮廷の外にいかれていることは、宮廷内でもごく限られた者しか知らぬこと。人を介して、その者が裏切らないとも限りません。その点、私ならば事情も解しておりますし、国王にもお目通りが許されている身でございます。」

「しかし、それでは国王が」

「うんといわないとおっしゃりたいのでしょう」

竜也の心配にロイが真面目な顔で視線を返す。

「そんなことはこのロイの方がよく存じております。それに、国王がフィリップ皇子にお弱いことも」

「参ったな。国王はそんなに私に甘いですか。」 

フィリップ皇子の言葉にロイが困ったように笑顔を見せる。

「あ、いえ、フィリップ皇子、私はそんなつもりで言ったのでは」

フィリップ皇子が声を出して笑った。

「いいえ、いいのです。本当のことですから」

「フィリップ皇子」

ロイが困ったように頭に手を触れる。フィリップ皇子が小さく頷く。

「国王は病身の私が哀れで仕方ないのでしょう。私の頼みは大抵のことであれば、聞き入れてくれます。しかし、今度のことはいくら私に甘い国王でも、おいそれとは納得しないでしょう」

「それも承知しているつもりです」

ロイはそういって深々と頭を下げ、言葉を続けた。

「しかし、ビクトリーニ男爵や男爵に従う役人をそのまま放っておいておくはわけには参りません」

「そうですね。それではこの国は滅びて行くだけ。わかりました。それでは私が国王に書状を書きましょう。ロイ、それでいいですね。」

「はい。あとは私めが」

フィリップ皇子の計らいにロイが腰をかがめた。竜也はフィリップ皇子に会うといつもフィリップ皇子は人の心が読めるのではいかと思わずにいられない。それが病身のために身についたものなのか、持って生まれたものなのかはわからない。だが恐らく、竜也がフィリップ皇子に話した時からこうなることはわかっていたのだろう。フィリップ皇子はにっこりと笑みを浮かべた。

「竜也皇子、これでよいですね」

「ありがとうございます、フィリップ皇子。ありがとう、ロイ」

竜也はフィリップ皇子の言葉に頭を下げ、ロイの肩に手をかけた。

「何をおっしゃいますか。私は一ノ宮様がいなくなって、暇でぼけてしまうかと思っていたところ。まだまだ私も頑張れるということをおみせしますぞ」

「頼もしいな」

ドンと胸を叩いてみせるロイに竜也は思わず涙がこぼれそうだった。ロイのトレードマークの笑い皺が、僅か2日の間に少し深くなったように思えたのだ。竜也は大きく息を吸うと気を取り直し、フィリップ皇子に頭を下げた。

「それでは、私はこれで」

「もう、行ってしまうのですか?」

竜也は思わずフィリップ皇子の顔を見た。

「すみません。町が大変な時に……行ってください。そして、私の分も町の人のために」

笑顔を浮かべるフィリップ皇子の目には、寂しさとやるせなさのジレンマのようなものが浮かんでいた。竜也はできる限り明るい顔をしてみせた。

「お約束します」

退出しようとした竜也を再びフィリップ皇子の静かな声が呼び止める。

「竜也皇子」

竜也は足をとめて振り返った。初めて会ったときと少しも変わらない、純粋で強い瞳が竜也を捕らえている。

「皇子はこの国が好きですか?」

フィリップ皇子の言葉に竜也は一瞬息を飲んだ。

「わかりません。でも、この国の人間であるがゆえに苦しんでいる人たちがいるのなら、そして、彼らのために私にできることがあるのなら、私は彼らの力になりたいと思っています。いえ、それは恐らく彼らのためではなく、私自身がそうすることで自分の存在価値を見い出そうとしているのではないかと思います」

竜也は今の自分の気持ちを正直に伝えた。フィリップ皇子がその答えに満足そうに笑みを浮かべる。

「昔とかわりませんね。正直で素直でまっすぐで。この先、旅をしていたならば、また今度のことのようなことが起こるかもしれません。その時は私に連絡をください。大した役には立てませんが、私もこの国の人のために何かできることがあるのなら力になりたい」

「ありがとうございます。その時は必ず」

竜也は必死に涙を堪えていた。それはフィリップ皇子の本心であり、偽りでもあった。

「竜也皇子。お元気で」

フィリップ皇子はいつもの別れと同じように、またという言葉をいわなかった。

竜也は僅かにためらい、そして笑顔をつくった。

「フィリップ皇子もお元気で、また、きます」

竜也の言葉にフィリップ皇子がにっこりと笑みを浮かべる。竜也はフィリップ皇子の優しい笑顔に見送られ、ロイとともに部屋を出た。

「一ノ宮様」

フィリップ皇子の部屋を出た後、ロイが歩きながら竜也に顔を傾けた。

「実は、先程はフィリップ皇子の手前言い出せませんでしたが、もし、今度のことのようなことが起こった場合、フィリップ皇子への連絡とは別に私にも一報を頂けますか。今度の一件がどうなるかはわかりませんが、ことの次第によっては王宮ごと揺れることになります。さすれば、今まで国王の目を盗んでこそこそと動いていた者が、一ノ宮様やフィリップ皇子のことに気が付き、妨害してくることも考えられます。もちろん、そうなれば私めも疑われるでしょう。そうなった時のことを考え連絡の手段をいくつか用意しておくことも必要です」

「ロイ、ありがとう。でも、これ以上は」

「一ノ宮様、これは国の行く末に関わることでございます」

「ありがとう。ロイには感謝しても仕切れない。わかった。必ず連絡する。だから」

「お任せ下さい。それと、一ノ宮様、これを」

ロイはそういって、竜也に小型のラジオのようなものを渡した。竜也はそれが何であるかを知らぬまま受け取ると再び車に乗り込んだ。

「私は何があろうと貴方様の味方です。それだけは覚えておいてください。」

車を発進させるロイは、見たことのない程厳しい顔をしていた。


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