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ストーリー:

STORY02 出会い

ある日突然、BLUE SKY国シリウス三世の第二皇子として引き取られた竜也。竜也は誹謗中傷と孤独の中にいた。竜也を救ってくれたのは、常に竜也のことを思ってくれる執事のロイと半分しか血のつながらない兄、第一皇太子カズナリ・フィリップ皇子だった。窮屈以外の何ものでもない王宮での暮らし。竜也はフィリップ皇子の計らいでその暮らしから外の世界へ旅する千載一遇のチャンスを手に入れた。竜也の正体を知るものは王宮の一部の人間のみ、竜也はもう二度と王宮に戻らないことを自分に誓い、「タツヤ・ウエップ・イチノミヤ」という名とロイを一ノ宮宮に残し、新たな旅に出た。

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「いらっしゃい、生憎、今日は団体でいっぱいでね、部屋なら全部」

「空いていませんか?」

宿屋の女将の言葉に竜也は困りきった顔で訪ねた。一ノ宮宮を出てひたすら歩き続けたかいもあり夕方には一ノ宮宮からほぼ東に位置する最初の町『賑やかな町』に着くことができた。だが、町は竜也が想像していたよりも遥かに人であふれ、宿屋はどこもいっぱいだった。すでに十数件目の門をくぐり、体も心もヘトヘトだった。女将が小さく息を吐き、人の好さそうな笑みを浮かべた。

「今日は団体さんが入っていてね、部屋が空いてないんだよ。今は使っていない物置部屋がひとつあるんだけど、そこでもいいかい?」

「ありがとうございます。助かります」

竜也はこれ以上宿屋を探さなくてよいことに安堵した。

「それじゃあ、奥の座敷きにお銚子たのんだよ」

「ああ、それは406のお客さんだよ」

女将は竜也を部屋に案内する間にも、あれやこれやと女中や板場に指示を出していた。町と同じく宿屋の中も人々のざわめきが響き渡っている。竜也は人のざわめきに笑みを浮かべた。王宮では決して感じることのできなかった、ざわめきである。

「さぁ、ここが部屋だよ。ちょっと狭いけどね。我慢しておくれ」

女将は宿屋の2階にあがり、一番奥の部屋の扉を開けた。竜也は女将の後に続いて部屋の中に入った。部屋はテーブルだけでいっぱいいっぱいという広さだった。だが、テーブルを片付ければ眠るには十分な広さだった。竜也は今まで暮らしていた無意味な広さを思い出し、小さく溜息をついた。女将がその溜息に振り向き、竜也は慌てて溜息を否定した。

「我慢だなんて、泊めていただけるだけで助かります」

「そうかい。それで、この町には何しに? 旅行? それとも故郷に帰る途中かい?」

「いえ、僕の故郷は、どこにもありません。僕は、天涯孤独なんです」

竜也は女将の質問に答えを濁した。用意された周到な経歴を並べ立てるより、天涯孤独の方がこの先、嘘をつきやすいと思ったからだ。

「そうかい。それは変なことを聞いちまったね。ま、ちょっと窮屈かも知れないけど、さっきも言ったように今日は団体のお客でいっぱいでね。空いている部屋がこんなところしかないんだよ。何もしてやれないけど、ゆっくりしておいき。こんなところで良ければ、いつまでいてくれてもうちは構わないからね。それじゃあ、何かあったら呼んでおくれ」

「ありがとうございます」

「おーい、そろそろ大広間を片しておくれ」

女将は部屋を出るなり陽気に指事を出していた。竜也はその後ろ姿を見送りながら、先程わずかに見せた女将の態度に目を細めた。

『素性がばれたのだろうか』

竜也はふと疑心を抱き、それはあり得ないと思い直した。王宮は第二皇子であるタツヤ・ウエップ・イチノミヤの存在を隠している。もちろん、竜也が王宮に引き取られた頃、第二皇子の存在が世間で噂になったことはあった。だが、王宮はそれをひた隠しにし、徹底してその存在を否定しつづけ、数年でその噂は消えた。その後も王宮内からのリークを考慮し、第二皇子の存在は、ごく僅かな人間のみが知るのみだった。

竜也は自分を笑い飛ばした。身分を隠していることで、ほんの些細なことにさえ過敏に反応している。こんなことではこの先、旅など続けてゆけない。長い間、身につけていた『王宮』という服を一日でも早く脱がねばなるまい。

「誰か! 誰かいないか! 大浴場の方でけが人だ! 誰かいってくれ」

「あいよ!」

竜也はしばらく廊下から聞こえてくる声に耳を傾けながら、ぼんやりとしていた。人々のざわめきが、あの宮殿の外へ出たということを実感させてくれる。町に着いたときは、すでに日も暮れていたが、商売する人の声や、旅行者のざわめき、笑い声、町にはさまざまな音が溢れていた。宿屋の人々も活気にあふれている。

『生きている人の匂い、か……』
竜也はふとフィリップ皇子の顔を思い出し、やるせない息を吐いた。

「起きているかい?」

「はい」

竜也がぼんやりと天井を眺めながら、とりとめのないことを考えていると女将が部屋へ入ってきた。姿勢をただそうとする竜也を制し、女将が愛想のいい声を出す。

「いいよ、いいよ。そのままで。いやね、お腹を空かしていいるんじゃないかと思ってね。ありあわせだけど丼ぶりを作ってきたんだよ。なんせ、今日は仕入れもぎりぎりでね。こんなものしか作ってやれないけど、腹に入っちまえばみんな同じだ」

「ありがとうございます」

竜也は予想もしなかった女将の心遣いに心の底から喜んだ。正直、腹がぐうぐぅと音をたてどうしようかと考えていたところだった。

「丼ぶりかぁ、懐かしいなぁ」

なんだい、変な子だねぇ。丼ぶりなんて珍しくもないだろうに」

丼を持ち上げしげしげと眺める竜也に女将が妙な顔をした。竜也はハッとして笑ってみせたが、内心では心臓が大きな音を発していた。確かに丼ぶりは珍しくない。だが、王宮という生活の中では登場しない食べ物の一つだ。一度、どうしても食べたくなりリクエストしてみたが、丼ぶりの上には豪華な食材がこれでもかというほど飾り立てられ、以来、リクエストすらしなくなった。ちゃんとした丼ぶりを食べたのは王宮に入る前、はるか十数年前のことだ。竜也は心の中で渋い顔をし、平静を装った。

『言動には気をつけないとすぐにボロを出しそうだ』

不思議そうに見つめる女将をごまかそうと、竜也は丼ぶりを一気に口に流し込んだ。

「おやおや、よっぽどお腹が減ってたんだね。でも、そんなに一気に詰め込むとのどにつまるよ」

女将の言葉に応えるように竜也は喉を詰まらせた。咳が止まらない。

「ほら、いわんこっちゃない。はい、女将特製のお茶だよ」

竜也は女将からお茶を受け取り、一気に流し込んだ。のどにつまったはずのご飯が心地いい。こんな風に飯を食べたのは一体どれくらいぶりだろう。竜也はお茶を飲み干すと大きく息を吐いた。

「おいしい! さすが女将さん特製のお茶です」

「ばかだねぇ。ただのお茶だよ」

女将はそれをお世辞だと思ったらしく、大きな笑い声を出した。だが、それは本当のことだった。

「でも、僕のために入れてくれたお茶です。それだけで特製です」

「いやだね、本当に変な子だよ。」

女将が照れたように竜也の肩を叩いた。竜也が肩をすくめる。

変、ですか? でも、僕はこんなにもご飯をおいしいと感じたことはありません」

竜也の言葉に嘘はない。王宮の料理は、味は最高級だったに違いない。だが、それは単なる『うまさ』にすぎない。それに比べてこの丼ぶりは自分のために、自分だけのために、女将がわざわざ作ってくれたものだ。王宮に入って以来、今日ほどの空腹を感じながら食事をしたこともなかった。いや、宮殿の生活の中で『空腹』ということを腹のそこから感じたことすらない。もし変だとするならば、それは王宮という場所が変なのだ。竜也は丼ぶりの中身を一気に口の中に入れようとするかのような勢いで、食べ続けた。空っぽになった丼ぶりを置くと、竜也は女将が再び入れてくれたお茶を一気に流し込んだ。

「ごちそうさまでした」

あっという間に間食した竜也に女将がにっこりと笑顔を見せる。

「よかったよ。食べる元気があればもう大丈夫だ。何があったが知らないけど、人間誰でも落ち込むことはあるさ。天涯孤独なのだってあんただけじゃない。ここにきたとき、今にも死にそうな顔をしていたから、てっきり自殺でもしようって、思ってるんじゃないかとひやひやしていたけど人間食べるだけの元気があれば大丈夫だ」

竜也は女将のその言葉に思わず笑いだした。

「なんだい、突然、笑いだして」

「いや、ちょっとおかしくて。それであの時、あんな顔を。あ、いや、でも、ありがとうございます。そうですね、確かにそうだ」

女将は竜也の言葉に眉を寄せていたが、あまりのおかしさに竜也の笑いはとまらない。まさか、自分が自殺しに来たと勘違いするとは思っても見なかったのだ。だが、考えてみれば無理もない。この賑やかな町の別名は“再生の町”すべてに疲れもはや存在することをやめようと思った人間が、知らず知らずにやってくる最後の町といういわれがある。それに、ここにきたとき、竜也は死にそうに見えても不思議じゃないくらい、疲れ切った顔をしていたに違いない。

「何だかわからないけど、笑えればもう大丈夫だね。元気になってよかったよ」

女将はそういいながら丼ぶりを片し、布団をしいた。竜也は手伝おうにも手伝わしてもらえず、頭をかくしかなかった。

「それじゃあ、今夜はゆっくりお休みよ」

「おやすみなさい」

女将が部屋をでていくと竜也は布団に横になり、天井を見上げた。これからのことを考えようとしたが、女将との一件で、すっかり肩の力が抜けてしまったのか、旅1日目の疲れがどっとおしよせ、竜也は急激な眠気に襲われ深い闇に落ちてしまった。

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「お世話になりました」

翌朝、竜也が宿屋を出る時、宿屋内は昨日のことが嘘のように静かだった。調度、お客の入れ替え時間らしい。

「お世話なんてしちゃいないよ。それより、ぐっすり眠れたかい? 窮屈だったんじゃないかい?」

「いえ、もう信じられないくらいぐっすり眠れました。身体の疲れも残っていません。それよりすみませんでした。僕が最後みたいですね」

竜也はお客の入れ替え時間にも関わらず、起こさずにいてくれた女将に頭を下げた。疲れは朝寝坊したおかげで嘘のようにとれている。

「そんなこと気にするもんじゃないよ。それで、これからどこへ行くんだい?」

「まだ決めていません」

どこへ行くのも自由と言われるとなかなか決めることができない。竜也は『自由』ということにまだ慣れていないのだ。いずれは“静かな町”に行くことになるが、“静かな町”までは何ヶ月とかかる。

「そうかい、それならこの町の東に『笑いの泉』というところがある。そこにいってみるといいよ。きっと生きていてよかったと思えるから」

「生きていて?」

竜也は女将の真面目な顔に笑いをこらえた。まだ自殺志願者だと勘違いしたままなのだ。だが、女将は見ず知らずの竜也のことを本気で心配してくれている。その気持ちが痛いほど嬉しかった。

「ありがとうございます! ぜひ、行ってみます」

「何かあったら、またおいで。今度はフルコースをご馳走するよ」

女将の優しさに笑顔を見せ、竜也は宿を後にした。女将の言っていた“笑いの泉”ことは、噂で聞いたことがある。何やらバトルが行なわれているらしいのだが、一体どんなバトルが行なわれているのか。

『生きていてよかったと思える場所か』

竜也は澄んだ光が射す空を見上げた。空さえも王宮とは別の物にみえる。いい天気になりそうな空に、竜也は力いっぱい息を吸い込んだ。

「笑いに貪欲なる旅人たちよ。ようこそ『笑いの泉』へ。この地は、週末になると笑いの申し子と言われる5組の精鋭たちが、我こそはと集う場所。だが、ここにはさらなるバトルが彼らを待ち受けている。」

女将の道案内通りに笑いの泉にやってきたとき、朝のさわやかな風はどこかへと去り、太陽が真上へと昇っていた。竜也は木陰を選んで腰を下ろすと集まってくる人々を見るでもなく眺めていた。笑いの泉に次から次へと人がやってくる。司会者だろうか。正装をした男が登場すると集まった者たちから歓声があがり、いつの間にか泉の廻りにはものすごい人の半円が出来てる。

「この地こそ噂に名高い『裏バトルの泉』彼らの笑いを知りうる者もまだ、見ぬ者も、この者ぞと思いし者にチェキバトルを! さぁ、今日は年に一度のチャンピオン大会。いつもは5組の精鋭たちが、今日は特別11組の精鋭となり、この泉に集った」

「よぉし、俺はますだおかだにチェキ一つだ!」

「私は品川庄司とアンジャッシュにチェキよ!」

「ルート33に決まってる!」

会場のあちこちから声が飛ぶ。

「おやおや、皆さん、お待ち下さい。まだ、精鋭は現れておりません。これより一組ずつ登場していただきます。チェキは彼らの笑いの後で。それでは最初の一組目は」

司会の男がそういって紹介するたびに、一人ないし、二人、多いところで3人の精鋭と呼ばれる者がでてきて、この泉に集まった人々を笑わせた。竜也は思わずその笑いに巻き込まれ、腹の底から笑っていた。笑いの泉という名の由来が身をもって感じていた。

『人々が集まる理由がわかる』

9組目の精鋭がテンポよく話しを始めたとき、竜也は急に肩をつかまれてハッとし、思わず腰に手を伸ばした。振り返ると少年が中腰で立っている。

「おい、あんた、ぼやっとしていると鞄ごと盗まれるぞ!」

竜也は少年の言葉に眉を寄せた。

「なんだよ、親切に教えてやったのに、そんな顔することないだろ」

「あ、そうだね。ありがとう。つい、バトルに夢中になって」

竜也は腰に当てた手をゆっくりと戻した。少年が顔を覗き込んでいる。竜也よりも二つ、三つ年下だろうか。

「そんな顔していたよ。でも、気をつけな。ここにはそんな旅の連中を狙って、かっぱらいにくる連中が多いから」

「かっぱらい? ここで?」

少年の言葉に竜也は大きな声を出した。周りにいた幾人かが竜也の方に視線を向け、竜也は肩をすくめた。少年が呆れた顔を見せている。

「あんた、どこからきたの? 出身だよ!」

「あ、いや」

竜也は返事を濁した。

「言いたくないなら、別にいいよ。でも気をつけな。余所者にはわからないかもしれないけど、ここにはそんな奴がいっぱいいるから」

竜也は少年の言葉を信じてはいなかった。いや、信じる気にはなれなかった。

「君は?」

「俺? 俺はここの泉で育った人間だよ。おっと、俺、あんたと話している暇なんてないんだ。じゃ、気をつけろよな」

「ありがとう」

少年は助言を告げると人の輪の中を慣れた動きで消えていった。

「さぁ、いよいよ最後の精鋭の登場です!」

司会者により最後の精鋭がでて登場したが、竜也は話に集中することができなかった。これほど笑いに満ちた場所に、スリがでるとは考えられない。いや、人が多いからこそでるということか。一体、治安はどうなっているのだろう。竜也は人々が帰り始めたことに気がつき、バトルが終了したことを知った。

「ああ、今年の『笑いの伝道師』もルート33か」

「品川庄司と1チェキ差とはね」

「いやぁ、俺はますだおかだの方がおもしろかったぜ!」

「あんたとは笑いのツボが違うからね」

竜也は口々に感想を話している人たちに笑み浮かべた。少年の言葉が消えたわけではなかったが、泉にいる大勢の人の笑顔がそのことを僅かに忘れさせてくれた。笑の泉にいた人々はみな、自分の思いを口々に言っている。解説をする人もいれば、気に入った人を押し続ける人もいる。皆、自由だ。竜也はすこしほっとしたせいで、急速に腹が減っていることに気がついた。考えてみれば起きてすぐ宿屋をでてしまったので、朝から何も食べていない。竜也はこれからどこへ向かうかを決める前に、何か食べることにした。いかなければならない町があるものの、どこから町を旅するか。それは竜也の自由なのだ。

「いらっしゃい。何にするかい?」

「この店のおすすめは何ですか?」

竜也は泉のそばにあるあまり大きくない店に入った。中は予想以上に込んでいる。この町はどこに入っても人で溢れているらしい。竜也は店の奥に空いていたテーブルに座った。

「うちの店はどれもおすすめよ! ま、お客人みたいに若い人なら、ミックススタミナがおすすめだね」

店主が自信満々に答え、竜也はその顔に頷いた。

「それでは、それを一つお願いします」

「おう。すぐできるから、待ってなよ! おい、ミックス1つ」

「あいよ! ミックス1つだね」

愛想のいい店主が大きな声で注文を叫ぶと、中から同じように愛想のいい声が聞こえてきた。竜也は店の中を見渡し嬉しくなった。店の中はこの町や笑いの泉と同じく活気に溢れ、みなが注文した食事を美味しそうに食べている。その様子に竜也は「何もかも捨てよう」と集まって来た人間が、この町のざわめきにもう一度生きることを求めるようになることに頷けるような気がした。

「おじさん、今日のおすすめ、何?」

「今日は特製ステーキ丼だ」

「じゃあ、それ頼むよ」

ミックススタミナが竜也の前にやってきた時、店に入ってきた少年と店の主人の声が聞こえてきた。竜也の視線が自然と入り口へ向けられ、瞬間的に立ち上がった。

「君、君じゃないか! さっきはどうもありがとう!」

「あ、あぁ、あんたか。偶然だな」

竜也の声に少年が少し戸惑った顔をし、入り口に近い席に腰を下ろした。竜也は今来たばかりのミックススタミナを持って立ち上がる。

「ここ、いいかな?」

少年の前に立ち笑顔を見せる。少年が困ったような顔をし、しぶしぶ返事をした。

「別に、構わないけど…………」

竜也は少年の向いに座り笑みを浮かべた。誰かと話したくて仕方なかったのだ。

「君は、あの泉にはよくいくの?」

「まあ、ね」

「そうか、僕は初めてあの泉にいったんだけど、あんなに笑ったのは生まれて始めてだよ」

「生まれて始めて? それはちょっと大袈裟だな」

竜也のはしゃぐような声に少年が鼻から息を吐く。竜也は笑いの泉での人々の様子を思い出し、自分でも驚くくらい興奮していた。

「そんなことないさ。それに、あそこに集まった人たちもそれを証明していた。皆、実に楽しそうだった! この国の至る町にああいうところが増えれば、もっともっと、この国は明るくなるだろうな」

「国ね、あんた、変な奴だな」

竜也は興奮した気持ちを抑え切れず、出会ったばかりの少年に語りつづけていた。自分のことで一生懸命だった竜也には、その時の少年の様子に気がつかなかった。

「おまちどうさま。お、なんだい、お客人、亀と知り合いかい?」

「知り合いってほどじゃないよ! おじさん、あっち行っててくれよ!」

店主を困ったように追い払う『亀』という少年に僕は顔を近付けた。

「君はここの人と知り合いだったのか」

「知り合いってほどじゃないよ。ただ、ここしか食べにくるところがないから」

「家は?」

竜也の質問に『亀』と呼ばれた少年が、睨むような視線を向けた。

「あ、ごめん。余計なこと聞いたみたいだね。いいたくないなら、それでいいんだ、って、これは君が僕に言った言葉だね」

思いきりため息をつく少年に竜也はようやく自分がはしゃぎすぎていることに気がついた。そして、今度は静かに切り出した。

「さっき、この店の人が『亀』って呼んでたけど」

「名前を聞くなら、自分から名乗るのが礼儀だろ」

少年はそういって特製ステーキを食べはじめる。

「そうか。そうだね。僕の名前は、タツヤ・・・ただの竜也だ。よろしく」

竜也が笑顔を向けると、少年がしぶしぶ答えた。

「俺の名前はカメリア。みんな、亀って呼んでるよ」

「カメリアの亀? あ、そうだ。カメリア、さっき僕に注意してくれたお礼に、ここは僕にご馳走させてくれないか!」

竜也の言葉にカメリアが喉を詰まらせる。

「別に! そんな理由ないし」

カメリアが咳き込みながら、首を横に振る。

「いいや、僕にとっては重大だったことだ」

「無理するなよ、あんた、旅行者だろ! 金は大切にしろよ」

「大丈夫、君にご馳走するくらい。こんなに楽しく食事したのもはじめてなんだ、だからぜひ僕に」

慌てて立ち上がるにカメリアに竜也は胸を叩いてみせた。だが、カメリアは叫ぶように言った。

「いいって、言ってんだろ!!」

「まぁ、そういわずに」

ムキになるカメリアに竜也も引かなかった。

「そんな遠慮はいらないよ。あれ? ない。おっかしいな。財布がないぞ。どこにしまったんだっけ」

「だから、いいって!」

竜也は頭をかいた。カメリアに注意されたにも関わらず財布をすられてしまったらしい。竜也は頭を下げた。

「ごめん。どうやら財布をすられたらしい。でも、約束する。次は必ずご馳走する」

「ったく! いいっていってんだろ! そんなことしなくて!」

カメリアは勢いよく座ると再び食べはじめた。

「でも、それじゃあ」

竜也がカメリアの顔をじっと見つめる。カメリアが箸をとめて竜也の顔を見た。

「大体、あんたこの店に払う金もないだろ」

カメリアの言葉に竜也はハッとして立ち上がった。

「そうか。僕はここの店に払うお金もなくしてしまったんだ」

「ったく、あんた呑気すぎるぞ。すられてて笑ってるなんて。いいよ、ここの代金は俺がはらっとくから!」

「いや、それじゃあまた君に」

「金、ないんだろ! 食い逃げする気かよ」

カメリアが眉間にしわを寄せて立ち上げる。

「それは、そうだけど……まさか、また君に助けてもらうことになるなんて。そうだ、明日、いや、数日後には必ず、借りたお金は返すよ。だから、その時には必ずご馳走させてくれ」

「別にいいよ」

「よくない! 借りたものは返す。それが礼儀だ」

「だからいいって言ってるだろ! そんな必要はないんだよ。それに俺はあんたともうこれ以上、関わりたくないんだ。おじさん、二人分の金ここに置くから! それじゃあ、もう2度とあんたに会うこともないと思うけど」

「おい、君、きみ!」

カメリアは店の主人に二人分を支払うと店を飛び出していった。

「お、亀のおごりとはめずらしね。これは一仕事したあとかな」

「仕事?」

「あぁ、ま、こっちのことよ」

也は財布の入っていない鞄を肩にかけ、立ち上がった。

「あの、よかったら、彼の家を教えてもらえませんか」

テーブルを片付けにきた店主に竜也は頭を下げ、店を出た。


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