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ストーリー:

STORY01 旅立ち

BLUE SKY歴13年。大国からの独立を勝ち取り、人々の暮らしは徐々に平穏に向かっているように見えた。しかし、諸外国からの圧力は強く、一部の階級による圧政もあとをたたず、国政は悪化の一途をたどっていた。シリウス三世の独立戦の勝利に歓喜の声を上げていたし民衆も次第に不満の色を見せ始めていた。貧困にあえぐ民衆による略奪や争いは増え、BLUE SKYの崩壊の噂が立ち始めていた。シリウス三世は状況を打開すべく、BLUE SKY全土へ向け密偵を放つ計画を進めていた。

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「……か、かぁさ……母さ……母さん! 母さん! !」

激しい心臓の音ともに少年はベッドから体を勢いよく起こした。重たい扉を叩く音がけたたましく鳴り響いている。

少年は汗ばんだ額をぬぐい、目の前に広がる広い天井を眺めた。

「どうしました! 一ノ宮様! 一ノ宮様! 何かあったのですか?」

扉の音が一段と大きくなる。少年の意識はもうろうとしていた。

「…………ここはどこだ」

息を吐き、吐いては吸ったが一向に息は整わない。扉の音が一団と大きくなる。

「一ノ宮様! 大丈夫でございますか?!」

少年が荒い息に体を震わせている間も扉は鳴りやむことがなかった。その音に導かれるように、次第に意識が戻ってくる。

だが、心の中にまでその声は届かない。

「一ノ宮様!? 何があったのですか! 一ノ宮様!!」

少年の意識がハッキリと甦った時、扉が左右に開かれ、50半ばの男が部屋の中に飛び込んで来た。少年の目がぎらりと光る。

「勝手に入ってくるな! おまえなんか呼んだ覚えはない!」

少年は部屋に飛び込んできた男の手を払う。

息が再び荒くなり、少年は震える身体を必死にとめようとしていた。

「しかし、そのように汗をかかれて、また、お母上の夢を見たのでございますね。さ、お風邪を引かないうちに、着替えを」

少年は身体に触れようとする男の手を払いのけ、大声を出した。

「うるさい! おまえなんて、出てけ! ここからでてけ!」

「 一ノ宮様!」

叱りつける声とは裏腹に、男の悲しみに満ちた目が少年を見つめている。

少年はつばを吐きかける仕種をしてみせた。その目には少年の強い思いが込められている。

『ここには僕のいるべき場所じゃない!』

「さっさと出ていけ!」

少年は男を押し倒そうと力一杯力を込めた。だが、男はビクともせずに少年の手をつかんだ。一瞬、男が何かを決意したような顔を見せた次の瞬間だった。少年の顔が左から右へと飛ばされた。突然のできごとに少年の目が空を泳ぐ。

「一ノ宮様、いいかげんになさいませ」

男の怒ったような悲しい声が聞こえ、少年は我に返った。

「いっ、いったいなぁ! 何するんだよ!」

少年はあまりの出来事にほおの痛みなど感じていなかった。だが、手だけは確かに頬を抑えていた。おかしなことに、叩いた男も自分の手を抑えている。その手が僅かに震えていることに少年は気がついていなかった。

「いい加減になさいませ。お母上がご覧になったらさぞやお嘆きになりますぞ」

その言葉に少年が男をじっと睨みつける。男は何の反応も示さない。少年の苛立ちがその態度とその言葉に爆発した。

だが、声はその怒りとは裏腹に低く小さいものだった。

「母さんがなげく? もう、どこにもいないのに……」

「一ノ宮様! 一ノ宮様!」

少年は男の言葉を無視して部屋を飛び出した。足は走るでも歩くでもないスピードを保っている。

『くそっ、あいつ、本気で叩きやがって。どうして、僕がこんなところにいなくちゃいけないんだ。ジャックだって、トムだって、こんなとこ遊びに来てくれない。みんな、どうしてるかな…………母さんと暮らした、あの家に戻りたいよ……』

逃れようのない悲しみが襲いかかり、視界が見えなかった。それでも少年は公園のように広がる庭をひたすら歩き続けた。

たった一人の肉親である母を失い、ろくに顔も見たことのもない父親に引き取られ、そして、頼んでもいない執事という男に育てられることになった。

――見知らぬ場所。
――見知らぬ人たち。
――もう会うことのできない友だち。
――そして、可愛がってくれた近所の人たち。

この恐ろしく広い敷地には少年が求めるものは何一つない。あるのはただ母を殺した男が近くにいるということの憎しみだけだった。

「一ノ宮様、こんなところにおいででしたか。探しましたぞ。先程は叩いたりして申し訳ございませんでした。しかし、貴方様は将来この国を背負って行かねばならぬやもしれぬ身でございます。我がままばかり申されては困ります。お手伝いの者も家庭教師も皆、嘆いております」

少年の涙が渇いた頃、男がやってきた。

ばかみたいに広い庭であっても終わりはある。だが、庭の外にでることはできない。いつも決まって池というには大きすぎる、湖のようなため池の前で行く手をふさがれ、逃げても逃げても捕まってしまうのである。

少年は抱え込んでいた膝に顔を埋めた。

「家庭教師なんていらない。僕はこの国のことなんか知らない。僕は普通の学校に行きたいんだ……ジャックやトムと同じ学校に行きたい。それに、お手伝 いだっていらない。家に帰れば、隣のメリーおばさんだって、キティだっている。僕は1人だって暮していける。だから、だから、あの家に帰してよ!」

涙が少年の顔から幾度となくこぼれ落ちた。

男が顔を曇らせる。

その顔はまるで泣いているかのような悲しみに満ちていた。

「一ノ宮様。貴方様のお辛いお気持ちはよくわかります。しかし、私にはどうにもならないことでございます。貴方様はシリウス三世、現国王の血を引く正統なる後継者。万が一、第一皇太子の和也様に何かあった場合、貴方様がこの国を守らなければならないのです」

「そんなこと僕の知ったことじゃない! 僕はかずなりとかいう人間の変わりなんかにはならない!!」

少年は男の言葉に勢い良く立ち上がった。男は静かに少年を見つめている。それが余計に少年の声を大きくさせた。

「あんなやつと僕とは関係ない! 僕は知ってるんだ! 僕の血が国王とつながってないかもしれないってことを!! だから、あいつは僕に一度も会いにきたことないんだ! それに…………それに、それに、それに、あいつが母さんを!! 母さんを殺したんだ!!」

少年は力一杯叫んだ。怒りを、ふるえをとめようと噛んだ唇から血の味が口の中に広がってきた。だが、少年は唇を噛むことを止めなかった。噛んでいなければ、自分の頭がどうにかなってしまいそうだった。

生まれて一度も会ったことのなかった父親と兄。

国の王だか何だか知らないが、一度だって僕に会おうとすらしない父親との最悪の再会。

『母さんを殺したのはあいつだ。僕はそのことを決して忘れはない』

男の手が肩に触れた。

「一ノ宮様。めったなことを口にするもんじゃありません。それに、誰がそのようなことを」
「宮殿にいる誰もが噂してる。みんな、僕をまるで変なものを見るような目でみている」

僕は小さく体を丸め、男から顔を背けた。

『僕はここには不必要な人間なんだ』

渇いたはずの涙が再びこぼれてきた。少年は男にみられまいとそっと涙を手で拭った。

「一ノ宮様、一度、和也様にお会いになってみませんか? 血のつながりは半分かもしれませぬが、れっきとした貴方様のお兄様にあたる方でございます」

男がしゃがんだせいか、声が頭の中に響いてくるようだった。

「……僕がかずなりに」

宮廷という中で、贅沢三昧に暮らしている男の子供、半分血がつながっているかもしれない兄に、会う?

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「まったく、あの子の我がままには愛想が尽きるわ。いつもいつも、人を睨むのような目つきで、かわいくなったらありゃしない」

紺の制服に白いエプロン姿の20代前半の女は、30メートル先にある2メートルはあろう扉に白い視線を向け鼻で息を吐いた。

向いにいた10代後半の女が、その視線の先を見つめ、顔中に不満の色を浮かべる。

「本当ですよね。私なんてこの間、あの子に着替えをさせようとして、蛙をなげつけれらたんですよ。あぁ、もう思い出しただけで鳥肌が立ちます」

女たちは自分達の仕事をそっちのけでああだこうだと女達は繰り返していた。するとゆっくりと女達の視線の先にある扉が開き、少年が顔を出した。女達の冷ややかな視線が少年を捕らえている。いつもなら少年はその視線に気が尽き、ぎらりと視線を返してくる。だが、今日はどうやら女たちには気がついていな いようだった。女達にはそれが気にくわないらしい。二人の声が大きくなった。

「あら、今日はめずらしくあんな格好してどうしたのかしら。いつもは正装なんて絶対しないくせに」

「なんでも、カズナリ・フィリップ・シリウス様に会いにいくそうですよ」

「そういえば、最近、ロイには素直に従ってるみたいね」

フィリップ皇太子に会う当日の朝、少年ははじめて噂話も時には当たるとういうことを知った。

少年はあの日から、自分でも不思議なくらいロイに心を許すようになっていた。理由はよくわからなかった。ただ何度、振り払おうと決して離れないロイの笑顔に負けたのかもしれない

「気紛じゃないんですか。この間なんてロイに自分の靴を投げ付けていましたもの」

「まったく、和也様にそそうしなければいいけど」

「本当ですよ、あんなのに会ったら和也様のご病気が悪化しちゃいます」

「そうなればあの子もただじゃ済まないんじゃない?」

「でも、い・ち・よ・う・国王の後継者ですからね。それくらいで追い出されるとは」

「本当に血がつながってるならね」

「それもそうですね。ま、せいぜい和也さまに嫌われなけれないようにすればいいわ」

お手伝いとは名ばかりのうわさ好きの女たちは、少年が目の前を通り過ぎまで話をやめなかった。だが、睨み付けようとする少年をロイが目で制止し手をに ぎった。少年は僅かにロイの顔を見上げると顔をそむけて前を通り過ぎた。ロイに素直に従ったわけではなかったが、そのときはフィリップ皇太子に会う緊張から か反抗する気分ではなかった。正直、不安だったのかもしれない。少年の心に追い討ちをかけるように聞こえてきた女たちの会話に、少年はフィリップ皇太子に会う気持ちが半減していることに気がついた。

「ねえ、ロイ、どうしてもこれを着なくちゃだめなの?」

服の事を口にしたのは、会いたくないという気持ちを別の方法で表現したにすぎない。

少年は一ノ宮宮をでてからずっと、どうしてあのとき、ロイがフィリップ皇太子にあってみないかと聞いたとき、『うん』と返事をしてしまったのかと考えていた。

「辛抱してください。いくら兄弟とはゆえ、和也様は第一皇太子、この国ではシリウス三世の次にお偉い方なのです」

「ちぇ、だったら行くなんて言わなければよかった」

「まぁまぁ、そういわずに。もう少しでございますから」

少年は急に窮屈に思えてきた正装にイライラしながらロイとともに馬車にゆられ、少年の住む宮殿より南に位置する『フィリップ宮』へやってきた。その広さは少年の住む一ノ宮殿の数十倍も広く、中は計りしれないほどの豪華さだった。

「ささ、ここまでくれば、もう少しでお会いできますぞ。ここからは、お手を離してお歩き下さい」

馬車をおりる時少年は無意識にロイの手を掴んでいた。フィリップ宮が近付くにつれ、その手に力が込められ汗ばんでくるのがわかった。ロイもそれを承知していた。その上でそういったのである。だが、少年はロイの言葉に首を横に振った。

「一ノ宮様? どうなされました? 震えているのですか?」

「震えてなんかいない! いない、けど、手はつないでいて」

強がってみせたが、少年は自分でもわけがわからない程震えていた。何がどうというわけじゃない。ただ、震えがとまらないのだ。

『しっかりしろ。皇太子だか何だかしらないけど、ただの兄という人に会うだけじゃないか。で、でも、でも。あぁ、やっぱり会うなんていわなければよかった』

少年の心臓の音が強くなるのとは反対に、その動きは弱まっていくようだった。

そのことを察しロイが少年の手を強く握り、笑顔を見せた。

「大丈夫でございます。和也様はとても穏やかでお優しいお方ですよ」

そのとき少年が『兄がどんな人物なのか』ということを恐れていたのかはわからない。

あの国王の息子と言うだけで、期待する気など微塵もなかったからだ。

だが、ロイの言葉で僅かに安堵したのは確かだった。

「タツヤ・ウエップ・イチノミヤ様がおいでになられました」

二メートルを超える大きな扉の前まで来た時、ロイと同じ格好をした執事の男が少年がやってきたことを告げた。

中から微かな声が聞こえ、扉が重い音をたてて開いた。

少年はその次の瞬間、自分の目を疑った。

『うわぁ。なんて大きな窓だろう! 外が丸見えだ! それに、なんて大きなベット。天井につきそうじゃないか』

少年は驚きのあまり何をしにきたのかさえ忘れてしまい、キョロキョロと部屋の中を見回していた。ロイとつないでいた手もいつの間にか離れている。それさも気がつかないほど、少年の目はその部屋の中を見渡していた。だがそれは、思わぬ驚きに全身が硬直するまでの僅かな時間だった。

「こんにちわ。君が竜也皇子だね。話はいろいろ聞いてるよ」

少年のからだがビクンと動いた。

突然、天蓋付きベッドの方から聞こえてきた声に、鼓動が強くなりはじめる。

ロイの手を探す余裕もなかった。少年はゆっくりと声の方へ視線を向けた。

「こんな格好で驚いただろう。僕は生まれつき身体が弱くてね。失礼だけど、こうして起きているのがやっとなんだ。それでも、今日はこうして座っていられるだけも調子がいいんだよ」

「そのようなことお気になさらないで下さいませ。それより、元気そうでなによりです」

深々と頭を下げるロイの横で、その豪華なベットの上で体を預けるように座っている人を少年はじっと見つめていた。

まるで人形のように色が白く、話をしているときでさえ息をしていないと思えるほど静かだった。

『この人が、カズナリ…………フィリップ皇太子…………僕の、僕の』

少年の目はまるで時がとまったかのようにフィリップ皇太子を見つめていた。

かすかに、二人の声が聞こえるが、内容までは頭に流れてこない。

「ベットの上で元気もないけどね。ロイは相変わらず元気そうで何より」

「丈夫なのだけが取り柄でございます」

フィリップ皇太子がロイの言葉に僅かに笑みを浮かべ、その笑みを少年へ向けた。

少年の身体がますます硬直し、おかしなことに硬直しているのに震えていた。ロイがそれに気がつき、顔を覗き込んだ。

「一ノ宮様、どうなされました? いつもの貴方様らしくない。ささ、和也様にご挨拶を」

少年はロイに促されてようやく一歩前に出たが、それ以上、進めそうになかった。

「一ノ宮様、本当にどうされたのですか?」

どうしたといわれても、足はそれ以上進まず、声も出ない。

ロイが肩を軽く撫でるように叩いが、やはりフィリップ皇太子をただじっと眺めているのが精一杯だった。

「申し訳ございません。和也様」

「謝る必要なんてないよ。竜也皇子はちょっとばかり緊張してるだけさ。僕だって緊張してるんだ。ただ、僕はちょっとばかり歳上だから、竜也皇子より落ち着いてるだけだよ」

そういって満面の笑みを浮かべたフィリップ皇太子は、とても少年と5つ違いとは思えない程落ち着いき、そして、やつれていた。

「竜也皇子、僕は生憎こんな身体だから、君の側にいけないんだ。申し訳ないけど僕の方へ来てくれないかな。もっと近くで君の顔をみたい」

「和也様!」

浮かべていた笑顔が突然歪み、咳き込むフィリップ皇太子にロイがあわてて近寄った。

それをゆっくりと制し、フィリップ皇太子が再び笑顔を見せる。

「大丈夫、ちょっとのどがつまっただけだから」

少年は息が荒くなるのを感じた。布団に埋もれてしまうのではないかと思うくらい背を丸めて咳き込んだフィリップ皇太子が、今にも消えてしまいそうだったからである。

「これ、ロイが作った薬。これ飲んだらときっとよくなる」

少年は今まで動けなかったのが嘘のようにポケットさぐると密かに持ってきた薬をフィリップ皇太子に差し出した。

フィリップ皇太子が驚いたように少年を見つめる。

「一ノ宮様、いつの間にそのようなものを」

ロイが困ったような顔をし、少年はもう一度同じ台詞をくり返した。

「ロイが作った薬だよ。これを飲んだらときっとよくなる! だって、僕はいつだってこれでよくなったんだ!」

「一ノ宮様、和也様にはそのお薬は」

少年の傍に近付き、薬を取りあげようとするロイから、少年は手を隠した。そして、その顔を見上げ、潤んだ目を向ける。

「どうして? ロイの薬はよく効くじゃない! 僕が熱を出したときだって、これを飲んだらすぐに熱が下がって」

少年はロイの言葉に必死に言葉を続けようとした。だが、それ以上何かいえば、声が震えるか、涙がこぼれるかしそうだった。

ロイはその優しさに頷きたいと思いながらも、首を横に振った。

「一ノ宮様、和也様の御病気は私の薬では」

「ありがとう、喜んでもらうよ」

ロイが説明しようとした時、フィリップ皇太子が二人の間に入った。

少年がゆっくりと手を前に差し出し、フィリップ皇太子がその薬を笑顔で受け取った。

「そうだね。きっと、ロイの薬を飲めば僕の体もよくなる。僕の身体が今までよくならなかったのは、きっとロイの薬をのんでいなかったからだ」

フィリップ皇太子の言葉に、少年の顔に満足そうな表情が浮かぶ。

その顔を眺めながら、フィリップ皇太子が少年の頭をなでた。少年は自分がすごいことをやってのけたかのような顔を誇っていたが、心の中は今にも泣き出しそうだった。少年の頭をなでるフィリップ皇太子の白くほっそりした手が、あまりに冷たく、母親の最後の瞬間とだぶって見えたからだった。

「どうしました?」

フィリップ宮を後にしてから、少年はしばらく考えて込んでいた。ロイがそれを察知し優しく肩を寄せた。馬車に揺られながら、少年はうつむいたまま呟くように言った。

「ロイ、カズナリ…………フィリップ皇太子の病気はそんなに悪いの? ひどく青白い顔をして、まるで女の子のように細い手をしていた」

ロイが少年の言葉に僅かに笑みを浮かべ、静かに答える。

「一刻一秒を争うような御病気ではございませんが、和也様のご病気は恐らく、治らないでしょう」

「どうして? フィリップ皇太子は何か悪いことをしたの? 僕の母さんがいつもいってた。悪いことをする子は病気になって死んでしまうんだって。でも、フィリップ皇太子はあんなに優しいのに、どうして? ね、どうしてなの?」

「一ノ宮様、一ノ宮様は和也様がお好きですか?」

すがるように見つめた少年の目に、ロイが僅かな笑顔とともに質問を投げかける。

少年はほんの数秒考え、そして言った。

「わからない………わからないけど」

それ以上、言葉にならない少年の言葉を知っているかのようにロイが頷いてみせる。

「一ノ宮様、これからは貴方様が和也様を支えておあげなさい。あのお体では王位を継承しても執権を執るのは難しいでしょ う。でも、貴方様ならそれができるのです。人よりも多くのことを学び、もっともっと、強くおなりなさい。そしていつか、和也様を貴方様が支えるのです」

ロイはそういうとそれ以上何もいわなかった。

少年には『強くなりなさい』といったロイの言葉がなぜだか悲しく聞こえ、泣き出しそうだった。

そしてその時、はじめて会ったばかりのフィリップ皇太子のことを、まるで今まで一緒に暮らしてきた家族のように心配していることに気がついた。だがそれは血のつな がった兄弟だからではない。おそらく、初めて会ったフィリップ皇太子が、少年に何の偏見もなく、手を差し伸べてくれたからだ。それまで少年と出会った人は 必ず少年を何かしらの目で見ていた。

そう、少年を一人の人間としてみてくれたのはロイとフィリップ皇太子だけだったのだ。


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